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急げないから気づく豊かさ

新しさに疲れることは,今を生きていれば日常的なことだ。明日も明後日も,新しさはやってくる。できることなら気持ち良く,新しさに,やられたい。とはいえ,少し古いものに触れて,一息つきたくなるのが心情ではないか。

2021年の秋,青森発の2冊の本は,新しい角度を提案してくれてはいたけど,疲れさせるものは一切なかった。今見ると,新しい。そこには過去をフィルターにしながら,未来を想像してしまうワクワクしたページがあった。

青森でバイラルにヒットしたこの2冊はお互い惹かれ合うように隣り合って平積みされ,増刷された。田舎の人間が田舎の良さに気づくのは少し難しい。青森出身の自分が言うのだから説得力も少しはあるかもしれない。
それでもこの2冊は青森でもよく売れたという。ではこの本には何があったのか。
勝手な考察に過ぎないが,そこには今僕たちが気持ちよく歩ける速度が提示されていた。

津軽伝承料理には沢山の下拵え,手間や発酵にかかる時間が書かれ,工藤正市写真集には地に足のついた,急げない生活の匂いが感じられた。

この2冊を手に取った方は,自分もこの時間の進み方に戻りたい。そう思ったのではないか。
早送りして映画を観て,観た気になる。情報を得る。そこにはただスタンプを押して,知識をコレクションしていく快楽しか感じられず,そこに生活の匂いはない。

誰もやってないことよりも,誰かがしたことをなぞる気持ちよさ。郷土料理にはそれが感じられるし,当時の青森の生活の写真には,モノが無いことの豊かさを感じる。

便利になるためには道具を増やす。楽しく生活するには情報を沢山得なくては。そんな強迫観念のような状況から一息つきたい人達が,あの2冊を手に取るのは自然なことだったと思う。

若い人には新しく見える過去の映像が,音楽がサブスクになり,歴史がフラットになったことから盛り上がったシティポップのようにも思える。

懐かしさに帰るのも素敵だけど,懐かしさを胸に,これからの郷土料理,これからの生活を考え直す力を与えてくれる本が,同時に出版されたと考えるととても興味深い。
この2冊とはまだ長く付き合っていくことになりそうだ。

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