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50_TRPG世代論『ソード・ワールドRPG』のイノベーション

201x年「ハケンシステム」と聞いて、私は驚くと共に納得しました。平成元年(1989年)4月1日、消費税導入と同時期に発売された『ソード・ワールドRPG』が日本TRPG歴史における分水嶺であり、一時代を築いたことに異論を唱える人はいないでしょう。TRPG歴史といえば『D&D』から始めるのが定番かもしれません。けれども、全世界ではなく日本での遊び方を俯瞰してみる場合は『ソード・ワールドRPG』にまず着目します。

◆どんなゲームか?

遊んでいる人には周知の事実ですが、概要を記載します。ファンタジーRPGの定番を目指してグループSNEが制作したTRPGです。『安田均のゲーム紀行 1950-2020』には開発当時の状況をこう書かれています。

「最高のものを作りたい」「世界でも通用するRPGを作りますよ」「海外のゲームに伍せる新しいものを見せたい」「もっと日本人に馴染みやすいものを作ろう」(P28より)

1989年4月に発売された基本ルールブックでは冒険者レベル5まで対応しています。1年3か月待って、1990年7月に上級ルールが二分冊で発売されました。一部のルールを整備して、1996年12月に大型本ハードカバーで完全版が発売されました。2008年にルールや世界観を一新した『ソード・ワールド2.0』が出るまで長く愛好者がいます。版上げ以降も完全版のほうを好む根強いファンもいます。文庫版が100万部売れたとか、『ソード・ワールドRPG』で家が建つという話も聞きます(出典不明)。

世界観は剣と魔法のファンタジー。発売前に「ドラゴンマガジン」で世界観を紹介する記事が連載されていました。大ヒットした『ロードス島戦記』と同じフォーセリア世界であることが初期から示唆されています。『アイテム・コレクション―ファンタジーRPGの武器・装備』(1988)でロードス島フレイム王国のカシュー王がアレクラスト大陸で剣闘士だったエピソードが描かれています。ファイター、ソーサラー、プリスト、シーフなどのクラスを組み合わせて取得可能なマルチクラス。判定は6面体ダイス2個を使い、基準値と足し合わせます。ダメージ算出に独特のレーティング表を使用します。

◆『ソード・ワールドRPG』に影響を与えたインプット

世界観設定の水野良先生とシステムデザインの清松みゆき先生、それとリプレイ第一弾、第二弾を手がけた山本弘先生が主要スタッフです。発売前の1987-1988年頃、3人は揃って雑誌『ウォーロック』に記事を連載していました。清松みゆき先生は「How to Play『T&T』」で確率理論を交えながら遊び方を紹介していました。水野良先生はファンタジーの世界観について解説していました。山本弘先生は「シナリオ創作講座」を書いていました。『創作講座 料理を作るように小説を書こう』(2021)として再構築されるとは思いもよりませんでしたが。三者三様の個性が協奏し、安田均先生のプロデュースのもとで作られていったことは想像に難くありません。グループSNEが会社組織になる前はゲームサークル。様々な未訳ゲームも遊ばれていたと推測します。多大な影響を与えたTRPGの1つは『ルーンクエスト』です。その傍証として、水野良先生は短編小説『ヘンダーズ・ルインの領主』(RPGマガジン掲載、単行本化)で『ルーンクエスト』を題材に人間とトロウルが共闘して混沌の敵と戦う物語を書いています。『ルーンクエスト』の特徴に一つに、大半のキャラクターが武器も魔法も使える点があります。『ソード・ワールドRPG』マルチクラス制度はこの点に由来するのかもしれません。
山本弘先生は小説『ラプラスの魔』でデビューするまで、SF同人誌への投稿など小説家修行を続けていました。『トワイライトゾーン』をはじめ古今東西のSFエッセンスが翻案されて『ソード・ワールドRPG』にインプットされたと推測します。
システム面では、大きく2つあります。清松みゆき先生は『T&T』を翻訳されました。『T&T』セービングロールが2d6上方ロール判定の原型でしょう。後に翻訳されたボードゲーム『バトルテック』も未訳時代に遊ばれていたようです。武器ごとに処理が異なる点が魅力の一つであり、ミサイル命中本数表が『ソード・ワールドRPG』レ―ティング表アイデアに繋がっています。

◆特徴

『ソード・ワールドRPG』最大の特徴は、内容ではなく販売形態です。文庫本、1冊千円以内という形式を確立し、入門用TRPGの販売形態として定着しました。試金石となったのは『T&T』『混沌の渦』。直後には『GURPS』『ウォーハンマー』など大作の翻訳RPGも文庫でした。近作の『ソード・ワールド2.5』にも受け継がれています。
世界観は、ファンタジーRPGの定番となりました。エルフ、ドワーフ、ハーフエルフ、グラスランナーという種族は『D&D』に相似。多神教の宗教観は、光の至高神、地母神、戦いの神、幸運神、知恵神、暗黒神という6大神と小神というシンプルな構成でした。意外にも、小神の追加紹介が最小限でした。世界観を紹介するために、シェアワールド短編小説やリプレイが積極的に展開されたことが特徴です。リプレイで遊び方を知るとともに、小説で世界観を多角的に理解できました。なかでも、リプレイ『盗賊たちの狂詩曲』に登場したNPCナイトウィンドは「魔法盗賊」という兼業を印象づけました。後に整理され「冒険者ギルド」として確立される「冒険者の店」の存在と、依頼を受けて任務を遂行する「冒険者」スタイル確立は大きいです。
キャラクター成長ルールとして取り入れられたミッション経験点という概念は新鮮でした。『D&D』など初期TRPGはダンジョン等で宝探しして経験点を獲得する形式でした。『ルーンクエスト』には経験点はありませんでした。私がコンピュータゲーム化された『ソード・ワールドSFC』を遊んだ時には、他のコンピュータRPGとの違いが顕著でした。経験といえば、もう一つ。判定の出目ピンゾロ経験点です。10点(2.0以降は50点)という微々たる経験点ですが、大失敗から学ぶことがあるというコンセプトが素晴らしいです。判定に失敗して悲しい気持ちを緩和し、状況によっては笑いを誘うこともあります。
データ面では上級ルール発売後、小説などで紹介されたマジックアイテムや怪物データを整理して完全版に収録されました。『ロードス島ワールドガイド』が出るまで大きな追加データがなかったことは、『ソード・ワールド2.0』等の展開から見ると、サポート展開の違いが顕著です。

◆影響を与えたこと

他のゲームに大きな影響を与えたことの一つはルールシステムです。六面体サイコロを2個使って、2d6+基準値で高い達成値を出す判定は『央華封神』『アルシャード』(および、SRSシステム)『アリアンロッド』『ナイトウィザード』『ゴブリンスレイヤー』など多くのシステムで採用されています。広い意味では「サイコロフィクション」も2d6判定の仲間です。「確率」初級で学んだように、2d6は平均値7の確率が1/6と最も高く、極端な出目2(ピンゾロ)や12(6ゾロ)の確率は1/36です。プレイヤー視点では、出目の安定感と極端な出目のドキドキ感を楽しめます。その一方で、ダメージ算出のレーティング表は『ソード・ワールド2.0』以降も受け継がれ、他の2d6システムと異なる唯一無二の特徴となっています。

複数の職業役割を兼ねるマルチクラスは『AD&D』にもありましたが、種族はじめ制限事項が多く困難な役割でした。『ソード・ワールドRPG』では「冒険者技能」という大枠により、兼業を当たり前にしました。神官戦士(ファイター&プリースト)やセージ&ソーサラーが定番です。ダンジョン探索などで活躍する反面、戦闘ではお荷物的存在だった『D&D』や『ウィザードリィ』のシーフに対し、軽戦士の役割を与えたことも意義があります。複数クラスを選択してキャラクターを個性化するルールは、以降の日本製TRPG で多く見られる特徴です。変わったところでは『トーキョーN◎VA』で3つのスタイル選択も、この亜流でしょう。

マーケティング面では、1990年代の角川メディアミックス戦略の代表例の一つでしょう。多数のリプレイ、短編小説集、『魔法戦士リウイ』『サーラの冒険』『混沌の大地』などの長編小説シリーズ。『魔法戦士リウイ』はアニメ化もされました。ライトノベルと混交した販売は、コンピュータRPG『ドラゴンクエスト』などと相まって日本にファンタジーゲーム文化を根付かせました。ちなみに、コンピュータRPG『ファイナルファンタジー』は飛空艇をはじめとするSF風の成分をファンタジーTRPGに吹き込み、『ソード・ワールド2.0』以降に逆輸入されていきました。それから、忘れてはならないのは、クリエイターを育てたことです。統計的資料はありませんが、ライトノベル作家として活躍している人に『ソード・ワールドRPG』などTRPGに親しんできた人がいると言われます。いわば、TRPGを楽しむ精神が伏流水となって脈々と流れています。

◆私たちはこうして『ソード・ワールドRPG』を遊んだ

序論で書いたように『ソード・ワールドRPG』は大学TRPGサークル内では長い間セッション回数ほぼ1位(たまに2位もあり)。2009年『ソード・ワールド2.0』に追い抜かれるまで。ちなみに2008年は1位と3位でした。数多くの人に遊ばれた一番の理由は、遊びやすさでしょう。ルールも世界観もわかりやすく、適度に奥深い。それに作ったばかりの1レベルキャラクターでも弱すぎることなく活躍できます。魔法使い系も1レベルで十分に使えます。しかし、だからと言って欲張らずに、ファンタジーRPGの定番として、他ジャンルのTRPGと共存していまいた。初GMのときに選択する人が多かったのも特徴でしょう。

私は大学1回生の頃から何回もキャンペーンを遊びました。人間シーフ/プリースト、グラスランナー、ハーフ(ダーク)エルフの炎精霊使い、ドワーフの刀鍛冶、エルフのシャーマン、元剣闘士の人間戦士、シーフ族の魔法使い。単発では7レベルソーサラーのダークエルフなども遊んで、高レベル帯の威力を知りました。GMとしては、GMデビューのダンジョン探検、大学2回生4月の初心者対応ゴブリンシナリオ、ロードス島で魔神戦争時代の小村を守る七人の冒険者、古代魔法王国時代を舞台にした剣闘士バトルロイヤルという特殊シナリオも遊びました。1997年7月、私が初めてサークル外でGMしたとき、初心者プレイヤーばかりの集まりに選択したのも『ソード・ワールドRPG(完全版)』でした。最初に買った文庫本ルールブックはボロボロになるまで。ハードカバー完全版も使い込みました。100セッション以上、まさに飽きるほど遊び込んだシステムです。

不動の王座を譲り渡した『ソード・ワールドRPG』ですが、若い世代にも根強い人気があり、今でもTRPGサークル内では遊び続けられています。201x年「ハケンシステム」と言ったのは、Z世代の学生でした。聞いた直後はよく理解していませんでしたが、2022年5月に映画公開される『ハケンアニメ!』(辻村深月、マガジンハウス文庫)の原作小説を読んだ時、意味を理解しました。「覇権システム」です。そして、若い世代から支持されるというのは、すなわち、親世代が『ソード・ワールドRPG』に親しんだ二世代ゲーマーということなのです。親子でTRPGを楽しむ家庭が現れて来たということは、今後の発展が楽しみです。平成元年に登場し、一つの時代を築いたTRPGと言えるでしょう。余談になりますが「SW」という略記から、映画やSF関係者は『スター・ウォーズ』を連想しますが、RPG関係では『ソード・ワールド』です。SF映画の金字塔と同じというのも面白きこと。

参考文献
『安田均のゲーム紀行 1950-2020』