牙弄けちがん

 麺屋露骨よそなたに八角女を授けましょう

 ということで麺屋露骨を開店してより四日目の営業が終わり就寝してばかりの露骨は巨大な鳥頭夜におそろしい夢をみたが、それというのはこれより以後、麺屋露骨の露骨よおまえは眠りに落ちたときにはかならず大凧になって耳たぶに存悶烏賊で左右にちぎられふられながら飛ばされ続けるか章魚辣白の海底どぶさらいの影曳きになり轢かれ続けるかめったに姿をみせぬ河童がついに笑ってその笑いの湯風でごおつくばった石がまろい石に変わるまで畳魚姿で待ち続けるかそれとも八角女とともに休んでいる夢のなかでも麺修業の肉髭尖りの日々を送るかの択のなかで最後のを選んだのだった

 多くの女人の恨みを買い本来であれば麺にすら拾われない百年も転がる虫になるだけの定めであった露骨はその日よりまだ店に恨み沈んだ湯文字もまぶたより消えぬうちから滅多矢鱈に女たちへの不義理をはらうだけの麺を毎日三種つくることを誓わさせられたが早速夢のなかでも惰眠をむさぼろうとした刹那に八角女に頭から食らわれてそのおのれの体の黄油蟹となる姿を覚しながらも激痛強痛だけでなく蟹痛温痛酢痛の数々を食らわれながら感じ過ぎるに及び以後夢のなかでは眠ることは戒め麺つくりに専ら励んだが八角女の八爪は常に露骨をいつでもどこからでも絞めようとしていたし、またそれでいて八角女の遊び船の戯れにつくるようであったまかない飯の数々は男の逃亡頓走を防ぐにあまりある筋書きない花影踏みな油具合染み具合であって露骨はなんとか起きてからその八角女の八爪まかない飯を現実の麺屋露骨の品表に加えようとおろおろしていたが起きてしまえばそんなことなどすべて忘れただただ八角女から香る二十薬三十薬の残り香を唾にし飲み込むだけでありいまはすでに現実の店を開ける時間である

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