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「新型コロナ、薬やワクチンが整うまで強い行動制限続けて」 英研究所の論文を紹介します

新型コロナウイルス(COVID-19)対策として「他人との接触を8割削減する」目標が緊急事態宣言で打ち出され、4月8日から東京都など7都府県で外出自粛措置が始まりました。英国はじめ欧米各国の政策と狙いは同じで、患者の爆発的増加を食い止める頼みの綱と考えられています。中でも英国は当初、COVID-19 に対して「特段の介入を行わずに、集団免疫の獲得を待つ」という消極的な姿勢をとっていました(2020/3/5 [FT]英の新型コロナ対策、「最善願い最悪に備える」)。しかし、3月16日に国内研究機関の Imperial College London が公表した論文(Report 9: Impact of non-pharmaceutical interventions (NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand)が「何ら介入を行わない場合、51万人の死亡が予測される」と指摘。これを受けて、英国政府は3月23日に介入を決定したのです(2020/3/24 英、国民に「自宅待機」指示 従わなければ警察出動も)。

この論文では、あらゆる年齢の人が強い行動制限を続ければ、感染拡大を抑えて医療崩壊を避けられると指摘しています。ただあくまでワクチンや治療法が使えるようになるまで時間を稼ぐ戦略で、準備が整わない段階で解禁すると、ほどなく感染爆発が起こってしまうとも試算しています。日本で外出自粛措置が始まったいま、今後の中長期的な対応を見据える材料として、英国内の風向きを変えた Imperial College London の論文が示した感染拡大の予測や政策介入効果について解説します。
(日経イノベーションラボ 中島寛人、澤紀彦)

Report 9: Impact of non-pharmaceutical interventions (NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand

論文の概要

本論文は一人ひとりの症状の進行と、個人間の接触による感染をシミュレーションし、英国(と米国)での感染者数・入院者数などの推移を予測する。また、政策介入により個人間の接触が変化し、それに伴って感染者数などの推移も変化する(感染モデル、およびモデルで使用する感染率・発症率などのパラメータは、原論文を参照)。
政策介入しない場合、最終的に自然感染により免疫を持つ人が十分に増え、感染者数が増加しない状態(=集団免疫の成立)となり、流行は収束する。しかし、その過程で医療崩壊により多数の死亡者が発生する。
政策介入の指針としては「緩和戦略」と「抑制戦略」がある。いずれも感染を減らすことで医療崩壊の回避を目指している。緩和戦略はある程度の感染を許容して集団免疫を成立させるのに対して、抑制戦略はワクチンや治療薬が利用可能となるまで感染の最大限の抑制を継続する。

シミュレーションの結果、本論文で想定する政策介入の範囲では、緩和戦略では医療崩壊を回避できず、抑制戦略が唯一の選択肢となる。

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表1 各戦略の概要と英国での被害予測

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表2 本論文で想定する政策介入


政策介入しない場合

中国・武漢での感染拡大のデータによれば、免疫を持たない集団で感染予防対策を行わない場合、1人の感染者から平均2.4人に感染する(基本再生産数 R0=2.4)。ピーク時の重症者数は ICU 収容力の30倍を超え、医療崩壊により重症者への対応が極めて困難になる(2020/3/11 イタリア全土で移動制限 医療崩壊で感染急増か)。最終的に英国民の81%が感染し、集団免疫の成立により収束するが、その過程で51万人が死亡すると予測される。

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図1 英国(GB)と米国(US)の10万人あたりの日別死亡者数の推移


緩和戦略

政策介入により医療崩壊を回避し、集団免疫の成立による感染流行の収束を目指す。前述の通り、介入しないと感染者数が爆発的に増加し、重症者数が ICU の収容力を大幅に超え医療崩壊が起こる。そこで、発症者の隔離や社会的距離の設定などの政策介入により感染を抑制することで、ピークの到来を遅らせ、ピーク時の感染者数を減少させて医療崩壊を回避する。

本論文で想定する政策介入(表2参照)について、最善の結果となるのは
       発症者隔離+家族検疫+高齢者の社会的距離
の3政策を合わせて行う場合である(青のグラフ)。介入なしの場合(黒のグラフ)と比べ、ピーク時の重症者数は1/3, 感染流行の収束までの死亡者数は半分になる。しかし、依然としてピーク時の重症者数は ICU 収容力(赤の線)の8倍を超える。したがって、本論文で想定する政策介入の範囲では、医療崩壊は回避できない。

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図2 緩和戦略での政策介入の組み合わせと被害予測
(縦軸は人口10万人当たりの重症者数)


抑制戦略

ワクチンや治療薬が利用可能となるまで、強い政策介入を続けて感染を最大限抑える。政策介入により医療崩壊を回避するという狙いは緩和戦略と同じだが、ある程度の感染を許容する緩和戦略より重症者数や死亡者数を減らせると期待される。

本論文で想定する政策介入(表2参照)について、感染を十分に低減させ、医療崩壊を回避できる組み合わせは
(1) 発症者隔離+家族検疫+全年齢の社会的距離
(2) 発症者隔離+全年齢の社会的距離+学校閉鎖(緑のグラフ)
のいずれかである。(2) の場合、重症者数は介入開始から約3週間後にピークを迎えるが、その時点でも ICU 収容力(赤の線)を超えない。したがって、政策介入期間(青の網掛け)は医療崩壊を回避することができる。

注意点として、政策介入期間の後に介入なしの場合(黒のグラフ)と同程度のピークが出現する(2020年11月)。これは、感染者数を最小限に抑えると集団免疫が成立しないため、政策介入を中止すると流行が再燃することを示している。したがって、ワクチンや治療法が利用可能となるまで政策介入を継続しなければならない。

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図3 抑制戦略での政策介入の組み合わせと被害予測
(縦軸は人口10万人当たりの重症者数)
(B) は (A) のグラフ下部の拡大


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