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信越化学・金川経営から学ぶこと――「基本をとことんやり抜く」凄み

信越化学工業の金川千尋会長が1月1日亡くなった。享年96歳。この日をもって会長職を退任した。金川さんは1990年に社長に就任、2010年からは会長として信越化学をグローバル企業に育てあげた名経営者だ。僕は90年代に、日本経済新聞証券部記者として短い期間、担当した。その後も長きに渡って、折々お話しを聞く機会をいただき、日経CNBCの番組にも何度か登場していただいた。逝去の報は、“金川経営”の本質、神髄を改めて考える機会となった。1月27日(金)、化学業界担当のアナリストとして、長年、金川さんと向き合った金井孝男さん(現在はSessa Partnersシニアコンサルコンサルタント)をゲストに迎え、話を聞いた。番組の書き起こしに、若干のコメントを加えたnoteだ。

20年以上に渡りアナリストとして金川さんと向き合った金井孝男さん

(直居)
今日は1月1日に亡くなられた信越化学工業の金川千尋会長の経営を振り返り、企業経営にどのような示唆があるのか考えていきたいと思います。今日のゲスト、Sessa Partners(セッサ・パートナーズ)、シニアコンサルコンサルタントの金井孝男さんです。金井さんは、内外の証券会社で化学業界のアナリストとして、金川さんとも長年向き合ってこられたと思います。アナリストとして化学担当はいつからでしたか?
(金井)
1993年に化学業界の担当になりまして2016年まで化学のアナリストをしておりました。
(直居)
ずっと化学ですね。その中でカバレッジしているいわゆる主要企業の1つが信越化学ということですね。その後マネジメントなどを経て今はコンサルタントとして活躍されているわけですが、長年アナリストとして向き合ってきた金川さんの、印象というのでしょうか?どのようなことが思い浮かびますか?

「常に信越化学をどう成長させるか、考えていた」

 
(金井)
そうですね。本当に仕事一筋というような方で、常に信越化学をどう成長させるか、発展させるかということを考えていらっしゃる、そのような印象でした。またアナリストに対して、あるいは投資家に対しては、非常に丁寧に、そしてフレンドリーに接していただいたという印象が強かったです。
(直居)本当に仕事一徹といいますか、真面目という印象が私にもあります。では金井さんとともに、金川さんの経営を振り返っていきます。金川さんの時代の経営では、とにかく利益が長い期間に渡りしっかり伸びてきました。(利益成長は)リーマン・ショックでいったんは沈む場面もありましたけれど、その後また加速するような感じですね。そして長期の株価も。今では日本を代表するグローバル企業ということなのですが、金川さんの簡単な歩みを振り返っておきます。実は商社から転職された方で、(ポイントは)この海外事業でしょうか?
(金井)
はいそうですね。
(直居)
それが金川さん経営の1つの核になっていくということです。社長に就任されたのは1990 年、会長が2010年ということですから、本当に30年以上に渡り信越化学を引っ張ってこられました。やはり金川経営の原点といいますか、(米塩ビ子会社の)シンテックは欠かせないですね。
(金井)
そうですね。金川さんご自身もよくおっしゃっていましたけれども、金川経営の原点は、やはりシンテックにあるということだと思います。非常に少数精鋭で、効率化を極めたような運営で、シンテックを世界一の塩ビメーカーに育て上げたという実績がありますね。
(直居)
そのシンテックの経営に本格的に乗り出していく時の様子、かつて2012年に放送した日経CNBCの「企業研究シリーズ」に金川さんにご出演いただいたときのインタビューです。金川さんがシンテックの経営を担うことになっていくくだりについてお聞きしています。

金川さんと小田切さんが二人三脚で


(先代の、当時の社長の)小田切さんでなければああいうことはできなかったでしょうね。
私が提案してね。それを小田切さんが受けてくれたのですよ。
シンテックという会社は、小田切さんと私、二人三脚でやってきた会社だというのが、
一番正しい表現でしょうね。

日経CNBC「企業研究シリーズ」2012年9月放送

(直居)
少し解説が必要なのですが、元々アメリカの会社との合弁で立ち上げた会社でしたが、合弁先の経営がかんばしくなくなってしまい、株式を全部買い取ることになります。それを金川さんが提案し、先代の小田切社長が、認めてくれたというところです。改めて金井さん、このシンテックの持つ信越化学における意味合いというのでしょうか?どのようにご覧になっていますか?。

米シンテックが金川経営の原点--―合理的かつスピード感


(金井)
やはり「金川経営の原点」と申し上げましたけれども、2つの点で非常に特徴があると思います。ひとつは、合理的な運営を徹底したということですね。具体的には、少数精鋭による効率的な運営ということだと思います。特に管理部門などは、徹底してスリム化したというようなこともよくおっしゃっていました。二つ目はスピードということだと思います。意思決定も早いですし、その後のアクションも極めて早い。様々な投資なども、他の会社に先駆けて行うことで先行メリットを享受したというような場面も非常に多かったと思います。
(直居)
そうしたことを、シンテックの経営者として実践されて、金川さんはその後、海外事業を成長させながら、その徹底した合理的な経営、スピード経営を国内に持ち込んだり、あるいは他の事業に展開したりということにつながっていきますね。

シンテックの経営、国内や他部門に広げていく


(金井)
まさにシンテックの経営を他の部門に対して当てはめていって、それを徹底して行っていくということをされていました。もちろん社長に就任された当初は、他の部門については、思うようにはいかなかったこともあったようですけども、金川さんが色々な面で実績をあげるに伴って、社内の金川さんに対する信頼も厚くなり、そしてトップダウンの経営をやりやすくなった――。そうした経緯だったと思います。
(直居)
歴史のある会社ですから、いきなり「ゼロから」ということではない。そうした難しさはあったのだと思います。それからもう1つとても印象的な、(工場は)100パーセント操業し、(製品は)100パーセント販売するーー。「売り切る」という言葉があると思うのですが、その背景として、お客様との長期的な関係を築くということをよく強調されていました。その辺りについて、金川さんがお話しになっている部分をお聞きください。

「高いも安いもいけない。相場で売れ」(金川さん)


市況を常に、本当によく見ていた

相場で売れということ。
高いも安いもいけないと。高く売ったら必ずあとで反動がくる。
需要家の方は、高く買わされたということで、何年も覚えている。
むしろ(高く売ってしまったら)マイナスが多くて、ほとんどプラスなど何もないのです。
だから、相場で売る。
しからば相場はいくらだ?ということは毎日ね、正確に知っておかなければならない。
それだけは知ってなければいけない。
相場っていうのは生命線だからね。
基本はいいお客様を大事にするということ。
そしてスポットではなしに長期的にきちんと安定して、
要するに安定顧客に安定して買ってもらうということが一番大事ですね。

日経CNBC「企業研究シリーズ」2012年9月放送

(直居)
相場、市況は本当よく見ていらっしゃったと思いますけど、それと何と言いますか、「売り方」が紐づいているのですね。
(金井)
はいそうですね。金川さんご自身も随分トップ営業をされたと思うのですけれども、相場の状況ですとか、顧客のニーズが本当にどこにあるのかというようなところを、常に重視していました。シンテックの場合であれば、顧客のニーズを受けて、安定した製品を納期通りに収めるということを、長年に渡ってやってきた。結果として、非常に多くのファンを、顧客の中でファンを作り上げてきたーーということが今に繋がっていると思いますね。
(直居)
長い信頼関係を築いていくということですね。もう1つ、このような時代になりますと、金川さんが、特に投資においては米国を重視してきたということに大きな意味があると思います。カントリーリスクなどなどについてお話しされている部分をお聞きください。

取るべきリスクと取ってはいけないリスク

「コマーシャルリスクには立ち向かって勝たなければ」(金川さん)

世界的に競争力がある、コンペティティブなものでなければ、工場は作ってはいけないですよ。ただ安いということなら、中近東の方が安いですよ。だけどカントリーリスクがある。
アメリカにはそれはないですよ。
ただね、カントリーリスクのない国というのは、コマーシャルリスクは大きい。
競争は激しいのです。それは正当な競争だから、立ち向かって勝たなければだめです。

日経CNBC「企業研究シリーズ」2012年9月放送

(直居)
カントリーリスク……。「取るべきリスク」と「取ってはいけないリスク」ということなのでしょうか?
(金井)
そうですね。やはりカントリーリスクは、経営者がどうしようもできない、コントロールできないことなので、金川さんとしては、経営者の手腕で勝負できる市場でですね。カントリーリスクが小さくて、フェアな競争ができるアメリカという国を非常に重視し、そこで投資を行ってきたという経緯でした。
(直居)
なるほど。ここまでお聞きしてきて、金井さんには以前にもお聞きしたことがあるのですけれども、金川さんの経営における「攻め」と「守り」というのでしょうか。時に果断に投資をします。一方で財務は非常に手厚く、それからお客様との関係を築く……。その両面を兼ね備えている点は、(経営者として)稀有かもしれませんね。

「攻め」と「守り」を兼ね備えた金川経営

(金井)
そうですね。経営者というものはやはり、その「攻め」には強いけれど、「守り」はそうでもない……。そういう風になりがちというとこあると思うのですけれども、金川さんの場合は、本当に「攻め」にも、「守り」にも非常に強かったという稀有なケースだったと思います。即断即決で大きな投資を決めるといった、「攻め」の部分がどうしても目立つのですけれども、実際に投資を決めるにあたっては、その背後でユーザーと長期の契約を結んで、リスクを極小化するとかですね……。それから、リスクに耐えられるように財務基盤を強固なものにしておくといったような、そうした裏付けがあってこそ、果敢な「攻め」をできたということだと思います。
(直居)
なるほど。「攻める」一辺倒ではもちろんない、ということですね。金川さんの経営の本質というのでしょうか……。「合理的」であるとか、「スピード」であるとか、あるいは「攻め」と「守り」、色々なキーワードが出てきたと思います。改めて金井さんの感じるところ、どんなところが大きいでしょうか?

基本を徹底的に行う。続ける。


(金井)
そうですね。確かに金川さんの、その発想ですとか、先見性、それから相場感ですね。こうしたものについては、天性のものだったと思いますし、経営者として素晴らしかったと思うのですけれども、またそれらとは別にですね、金川さんの本当にすごいところは、基本を徹底して行ってきたということではないかなと、私自身は思っています。それが故に信越化学が継続的に利益を伸ばし、今日のような発展した姿になっているとういように、強く思います。基本的なことを忠実に徹底してやったということなのですけれども、それは例えば、コストを低減するとか、それからスピードを持って経営を行うとか……。それからよく言っていたことなのですけれども、経営環境の良い時に悪い時の備えをしておくというような……。これらはいずれも聞いてみれば当たり前と捉えられることではありますけども、それを本当に徹底してとことんやり抜いたという点が、金川さんのすごいところだったのではないかな、と思いますね。
(直居)
ひとつひとつのパーツみたいなこともさることながら、その基本をとことんやりぬく、追求する、続けるというのでしょうか……。なかなか、できそうでできないことかもしれませんね。

長期視点持ちつつ、目の前の仕事をしっかりやり抜く


(金井)
ええ、そうですね。金川さんがよくおっしゃっていたのは、目の前にある仕事をとにかくしっかりりとやるということ。そのように続けることによってこそ、初めて中長期的な展望が開けるということを、おっしゃっていたのが印象的です。偉大な経営者なのですけれども、長い視野のことばかりではなくて、とにかく目先のことを大事にしていくということがいかに大切かー-ということを、よくおっしゃっていました。
(直居)
まだまだ日本企業全体に、少し閉塞感というのでしょうか、あるような気がするのですけども、色々と企業経営への示唆もありそうですね。
(金井)
そうですね。本当に基本に忠実で、やろうと思えばできること。ただそれを徹底することは難しい。それをやり切ったという経営の姿ですね。これは多くの企業にも示唆になるものだと思います。
(直居)
金井さん、今日はどうもありがとうございました。
(金井)
ありがとうございました。


考えたこと、思い出すこと①(市況・株価アンケート)

塩ビなど化学品の市況は本当によく見ていらっしゃったと思いますが、僕が印象的だったのは株価をよく見ていたということです。自社の株価もですが株式市場全体の動向や、他社についてもよく見ていらした印象です。日本経済新聞では年始企画の恒例として毎年、経営者株価アンケートを実施しています。日経平均株価の年間の高安の予想と、有望5銘柄を挙げていただくという企画です。今年1月1日の紙面が、最後の登場ということになってしまいました。僕が証券部の担当記者だった時代の思い出です。「5銘柄」と「判断理由」をいただいた内容に沿って紙面化して、少し文字を削る必要がありました。それで念のため広報の方に問い合わせると「それはご自宅に電話して社長本人に確認してください」というのです。この時点でちょっと珍しい。まあ、ご指示のままにご自宅に電話を入れさせていただいて「このように削らせていただきますよ」とお伝えしました。「いやいやそれでは困る」といって、一言一句、確認しながら「ここはこうでないと。そこは削ってはいけない」という調子なのです。ご本人の言葉として掲載する文言ですから、極力反映させるべきと考えてはいましたが、正直びっくりしました。広報の方がいい塩梅にまとめて、「社長、こんな感じでいかがです?」といった雰囲気は微塵もありませんでした。
 

考えたこと、思い出すこと②(米国、戦争体験、山本五十六)


投資において米国重視の姿勢が徹底していた点は、今回の番組でも金井さんが指摘していたポイントのひとつです。本当に徹底していたと思います。特に原材料からの一貫生産と、その規模を拡大していく過程は、信越化学工業のグローバル化と、利益極大化のひとつの鍵だと思います。一方、僕自身は、何度も金川さん自らの戦争体験のお話しをお聞きしました。大切な寮の後輩を焼夷弾の直撃を受けて亡くされた話は「私の履歴書」などでも書かれていますが大変印象的でした。また、経営者になった後、米シンテック社員のお子さんが学校で日本人を侮辱するような言葉を浴びせられて泣いて帰ってきたという話がありました。金川さんは考えた挙句、シンテックから、そのお子さんの名前で学校にグランドピアノなどの楽器を寄贈したそうです。「“暴に報いるに徳を以ってする”という考えを実践した」と話していました。かつての社長室には、先代社長、小田切新太郎さんの写真と、日本海軍大将の山本五十六さんの写真が貼ってありました。米国という国には複雑な思いを抱いていらしたと、僕は想像します。ビジネスで尊敬される企業を創り上げたのだと思います。
 

考えたこと、思い出すこと③(厳しく、優しい)


金井さんも触れていますが、アナリスト、投資家にはとてもフレンドリーだったそうです。記者に対しても、です。僕などは今思い返すと「何ともピント外れな質問ばかりしていたなぁ」と本当に恥ずかしくなりますが、いつもとても丁寧に対応していただきました。しかし、会社内では非常に厳しい方だったと想像します。信越化学工業の元常務の故・金児昭さんには、その名も『金児昭の七人の社長に叱られた!』(中経出版)という著書があり、金川さんに厳しく叱られた話が何度も何度も登場します。その金児さんが「時々本当に金川さんが優しくて、それで本当にまいっちゃうんだよなぁ」とお話しされていたことを思い出します。
 

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