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朝の光で浮かび上がる「貴婦人」

奥日光・小田代ヶ原には、有名な一本の白樺の木があり、枝を広げた樹形が美しく「貴婦人」と呼ばれている。
十数年前に望遠レンズで「貴婦人」を見ていて、樹幹の下方に黒い部分があることに気がついた。心配して問い合わせると、樹勢を回復させた痕跡とのことだった。樹齢は白樺の平均を遥かに超えていて、横に伸びた細い幹が折れ美しいバランスが少し崩れたときもあった。それでも春になれば変わらずに新緑の芽吹きや垂れ下がる花序を見せてくれる。「貴婦人」の四季折々の佇まいの陰には、それを見守り支える人たちがいる。

小田代ヶ原は山や林に囲まれた箱庭のような地形でズミの木も点在し、歩くたびに風景の変化が楽しめる。湿り気のある季節なら、風のない朝に訪れると霧が漂い、麗しい「貴婦人」に出会うこともできる。

霧のなかの「貴婦人」©nishiki atsushi

季節が冬になると、標高約1400㍍の草原は放射冷却の日には冷え込んで、霜に覆われるときがある。
さらに、奇跡の光景を見たいなら、11月上旬または2月上旬の早朝に訪れるとよい。その期間だけは、朝の斜光がスポットライト状に射し込み「貴婦人」を暗闇から浮かび上がらせるのだ。刻々と変化する光景は、まるで舞台を見ているような印象で、誰もが惹きつけられてしまう。
そして、その数秒間の演出の後、小田代ヶ原は何もなかったかのように草原全体が明るくなる。

11月上旬(または2月上旬)、朝の斜光は「貴婦人」に向かって射すようになる。©nishiki atsushi
11月中旬には、朝影がこの写真のように「貴婦人」の後方のカラマツ林へと移っていく。日の出の方角が日々変化しているからだ。©nishiki atsushi
霜融け始めは枯れ草が七色に輝く。©nishiki atsushi
冬晴れの小田代ヶ原は、積もった雪で静まり返る。右奥に白い「貴婦人」が見える。©nishiki atsushi
強風の日には雪煙が舞うことがある。「貴婦人」は寒さと風に耐えなければならない。©nishiki atsushi

空nyan! 弘前公園に桜守り(樹木医)がいるように、小田代ヶ原の白樺「貴婦人」も人々に見守られている。
同時に、樹木に出会うことで、心が救われる人がいる。

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