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ジブリ版「君たちはどう生きるか」を読み解く②

 宮﨑駿監督作品として公開以降レビュー評価が綺麗に二分され、様々な解釈がされている本作。様々なメタファーやシンボルが輻輳しており、一つの要素に仮託されている意味からどれを選ぶかによって印象が変わるためか、自分の考えと全く同じことを書いている記事は見つけられなかった。もちろん、宮﨑駿自身が全てを語らない以上、解釈も全て想像でしかない。本稿では、そのような自分なりの印象や考察について書き残そうと思う。とても1記事では収まらないと思うので、小出しにしていく予定だ。(パート1はこちら。)

 なお本稿は性質上、映画「君たちはどう生きるか」のネタバレとなる。映画館へ足を運ぶ可能性があるのなら、本稿を読む前に作品を観てほしい。まっさらな状態でしか感じ取れないことの中に、貴方独自の価値があるはずだ。


何の物語として読むか

 前回述べた通り、本作品は児童文学をアニメーション映画で表現しようと試みた。それはエンターテイメント作品というより芸術作品としての試みに近いものだと解釈している。ピカソが「泣く女」を様々な作品に残したように、宮崎駿も「母の不在」を様々な作品に残してきたとも言える。例えにピカソを挙げたのは、本作品がキュビズム的であるからだ。今回は、ジブリ版「君たちはどう生きるか」の物語に詰め込まれた側面を分解しようと思う。


息子と母の、成長譚としての物語

 おそらく、子供にも分かるように描かれている部分がこの物語になる。

 眞人は母を失い、その喪失感を消化しきれぬまま新しい母親と暮らすことになる(しかも母親の妹で既に妊娠している)。疎開による環境の変化と家族構成の変化。多感な時期に起きるイベントとしては、相当に受け入れがたい話だ。そんな一言で表せないような負の感情の行き場を解消するために、眞人は自傷行為を行う。意識を取り戻した眞人の心情を最も理解していたのは継母のナツコであり、二人は共に罪悪感を抱えながら、それぞれ下の世界へと赴く。眞人は亡き母から遺された「君たちはどう生きるか」を読み、アオサギに導かれて下の世界へ向かうことになるが、以降は生まれ直しの物語となっている。若き日の亡き母と出会い、継母と子が和解し、それぞれの時代へと戻っていく。

 冒頭の火事のシーンの描かれ方から、眞人の登場する場面での絵は全て眞人の主観的表現であることが示されている。下の世界に消えるまでの継母は美しく描かれ、エディプス・コンプレックスを克服する成長譚としても観ることが出来る。父のカバンに群がる醜いばあや達は、意識を取り戻して以降は優しい表情に変わっている。アオサギは気味悪い手塚鼻の嘘つきから友達に変わっていく。眞人の主観的映像として、他者を受け入れる姿勢としての成長が描かれている。眞人は上の世界へと戻ってきた時、初めて心から笑うことが出来た。
 一方、ナツコ目線で重要なのは、妊娠を告げた際に眞人が目を背けたことと眞人の自傷だ。弱い立場にある彼女にとって、その二点が繋がるまでの積み重ねを察することは容易いように描かれている。大伯父様の血族として、男子を産むために下の世界へ赴いたと読んで問題ないだろう(論拠については別記事に書く予定)。結果として彼女も上の世界へと戻ってきた時、初めて心から笑うことが出来た。
 そう、二人とも作中で初めて心から笑うのだ。鳥の糞に塗れたカラフルなこの世界で。


宮崎駿とジブリの物語

 多くのネタバレ感想や考察記事で最も多様性があった部分がこの物語になる。眞人の物語の中で、宮崎駿の人生を仮託している点については異論を持つ者は居ないと思われる。ただ、どのキャラクターの元ネタが誰か、という点で喧々諤々な宮﨑駿ゼミが開かれている。なので、ここでは私個人の考察として、キャラクターごとの役割と誰に見立てているかについて纏める。

  • 眞人    宮崎駿自身(の若き日、過去に許容出来た自分)、宮﨑駿の孫

  • 勝一    宮崎駿の父

  • ナツコ   宮崎駿の妻(母親としての姿)

  • ヒミ    宮崎駿の母(思い出の姿から更に漂白されたもの)

  • 漁師キリコ 保田道世、母性の象徴

  • 大伯父様  高畑勲、宮崎駿自身(の現在)

  • アオサギ  鈴木敏夫、手塚治虫、宮崎駿自身(許容出来なかった部分)

  • ペリカン  フィクションに携わるクリエイター達

  • インコ   非クリエイターの一般人、スポンサー

  • 隕石(塔)   スタジオジブリ、原子力発電所

  • 石     遺志、フィクション作品、積み石(賽の河原)

  • 火     意思、現実

 全般的に男性キャラクターが(物語上必須なものを除き)自分の望む形での協力をしてくれない描かれ方をしている節があり、宮崎駿にとって周囲の男性は常にライバルか壁として存在していたことが読み解ける。殆どの場面で望む形で助けてくれるのは女性なのは、自身の母親不在生活の経験からくる母性への渇望なのだろう。特にヒミの「だって眞人を産めるんだ、素敵じゃないか!」によって物語が許しを得た点は、宮崎駿自身が母の事をよく知らないまま大人になったものの、確かに愛されていたことを描きたかった想いが感じられた。
 また、本作では、”少年である”眞人が寂しさや怒りの悪意を持っている。殆どの宮崎駿作品において少年や少女は理想的に漂白されている印象が強く、この点が本作を宮崎駿の自伝とする評論を生んでいるように見える。加齢によるものかは分からないが、心象世界で潔癖を貫くことよりも、それを受け入れることにようやく腹落ちした、ということが本作製作の決定的事象だったと考察する(歳をとって丸くなった典型であると言ってしまえばそれまでかもしれないが)。


後輩クリエイター達への手紙

 初回視聴時、ワラワラ~老ペリカンの下りが現役クリエイターに対する強火の叱咤を感じて、思わずニヤけてしまった。この節の物語は完全に主観だ。こんな手紙を受け取ったような気がしたという話だ。

 君たちの作る作品を消費するスポンサーや一般人は、狭い世界(フィクション)に閉じこもり、枠組みの中で娯楽を消費している。枠組みの中であれば何でも食べるし、モノの区別も大雑把だ。製作期間もそれほど潤沢に得られないし、枠組みから外れたものが評価されることは稀だ。狭い世界で疑似恋愛をして、現実に生まれる筈の命すら産まれない始末だ。金の為に最近の若いクリエイターはテンプレにすぐ頼る。創作はもっと崇高なものじゃなかったのか?俺はジブリという枠組みを命がけで作って、その中で作品を生み出し続けた。でもそれも終わりにする。誰も後を継いでくれないし、誰も後を継げないと分かったからだ。折角作った作品ですら素直に楽しまれずに文句を言われたりするんだ。だからもう(長編アニメーション作品制作を)終わりにする。枠組みが壊れれば、人は自由になれるかもしれない。外に目を向けろ。引きこもらず外に出ろ。お前の積み木は此処には無いぞ。手元の積み木と、足りない分は自分で探せ。

 個人的に、宮崎駿の原液を感じたのは作品を通して感じたこのメッセージだった。だからこそ、前回の記事でこう書いた。

おそらく宮﨑駿は「君たちはどう生きるか」と心から問うつもりはもう無いのだと思う。

ジブリ版「君たちはどう生きるか」を読み解く①

小説「君たちはどう生きるか」からのバトンとしての物語

 本作は小説版を換骨奪胎している訳ではないが、タイトルにこれを引いた理由について考察したところ、この物語の存在に気付いた。(探してみたところ、既に同様に思い至っている方も何人か居た。)

一番心を動かされたのは、やはり、お父さんの言葉でした。僕に人間として立派な人間になってもらいたいのというのが、なくなったお父さんの最後の希望だったということを、僕は決して決して忘れないつもりです。

岩波文庫,吉野源三郎,「君たちはどう生きるか」

 作中で眞人が流す涙は、この部分をお母さんに置き換えて読んだからなのか、あるいは以下の部分に罪悪感を重ねたからなのか。

北見君たちに手紙を書きたまえ。正直に君の気持を書いて、北見君たちに許しを乞いたまえ。

岩波文庫,吉野源三郎,「君たちはどう生きるか」

 小説版「君たちはどう生きるか」では、最後に「君たちはどう生きるか」と問う結びになっている。宮崎駿がゲド戦記を最初に映画化したいと交渉した際、原作者に「強く影響を受けおり、自分はバトンを受け取った」と言ったそうだ。本作はコペル君の次の考えに対する宮﨑駿のアンサーであると共に、後世のクリエイターへ繋ぐ創作のバトンと読むことも出来るだろう。

僕は、すべての人がおたがいによい友達であるような、そういう世の中が来なければいけないと思います。人類は今まで進歩してきたのですから、きっと今にそういう世の中に行きつくだろうと思います。そして僕は、それに役立つような人間になりたいと思います。

岩波文庫,吉野源三郎,「君たちはどう生きるか」

 先日、2周目を観にシアターへ足を運んだ。キャラクターの感情にフォーカスして観たためか、ナツコの笑顔で思わず涙してしまった。まだ残る謎はいくつかあるので、再度観に行くかもしれない。
 今回は今後、細かなメタファーや演出についての考察や感想を書いて行くための前提になる部分を言語化した。前提だけで2本記事が要るのは、本作の情報量の多さ故なのだと思う(自分は映画の考察記事などこれが初めて書くので基準など分からないが)。<続きはコチラ

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