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裸婦デッサン会(オークランドで)

2年前まで裸婦デッサンのクラスに通っていた。
一週間に3回、別々のクラスに行っていたが、
そのうちの一つ、メンバーも少なく、
私の参加費がないと、その日のモデル代が払えないというクラスがあった。

そんなクラスの経済事情もあって、毎週欠かさず参加していた。
固定メンバー、私を含めて全部で4人。
この4人にとって、出席することはお互いに義務になっていた。
黙って休もうものなら 次の週に非難の嵐に合ってしまう。
都合で遅れた時も、”遅いっ” と言われてしまうが、
何を言っても、言われても憎めない関係になっていた。

私がこのデッサンクラスに通い始めたのは、45才くらい。
10年以上前だ。
現在 私は58才になり、
他の三人は 95才、85才、83才。
私が平均年齢を 大きく下げていた。

このクラスはコロナをきっかけに閉鎖。
最後の一年は 
他のメンバーの高齢化もあり
私はその一人を送迎し、
教室のセッテイングやモデル手配など全部私がやっていた。

私以外の、3人の年齢から考えても、限界かなと思っているときに
コロナが始まった。

私は迷わずクラスを閉じることにした。

その後すぐに、私が送迎をしていたメンバーは入院。
数か月前に亡くなった。

そして今日 
95才の男性メンバーが、亡くなったと連絡を受けた。
私の裸婦デッサンを いつも褒めてくれた人だった。

私はポートレートが好きだったので
モデルさんは 裸になってくれているにもかかわらず
顔だけを描くことも多かったが、

この先日亡くなった95才の男性は
私が このクラスで描いた水彩のポートレートを
特に いいと言ってくれた。
この一枚は この裸婦デッサン会で描いたもの。

逆に、私が遊び心で
アクリルや’クレヨンで抽象的に描くと
ん~と首をかしげて、水彩の方がいいよと言う。
正直な感想は 私にとって大きな励ましだった。

私、今はデジタルでマンガを描いているけれど
数年前までデッサン会に通い詰め、上手くなりたいと必死だった。
写実的な油彩ポートレートを描きたかった。

そんな時期、毎週一緒に描いていた人たち。
年は離れていたけれど、
ニュージーランドでの貴重な友達だった。
ひとり、ひとり亡くなっていく。

彼が亡くなったという連絡で
一時、気が抜けたようになったが、
その後 すぐに 前よりも元気になった。
何故だろう。

大げさなことではなくても
何か始められそうな気分になった。

精神世界的には、死によって生が生まれるともいわれる。
木々は秋に葉を落とし、春には芽吹くように。
そんなことが 私の心の潜在的な部分で
起こっているのかどうかはわからないけれど……

とりあえず週末の
彼の ”彼をしのぶ会”に参加しよう。



もう3年前、裸婦デッサン会で30分ポーズを描く 水彩
なんか、絵でかいな😮
油彩 


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