見出し画像

【小説】デズモンドランドの秘密㉛

※前回はこちら。

「おう、またすぐ帰ってくるとは思ってたけど、まさかお嬢ちゃんがいるうちにもどってくるとはな。連中も急いでるってことだろうな、玉座を見つけたから」
 二時間ほど歩いたところで、修治は運よくファットチキンと再開できました。
「いや、あんたの運がいいわけじゃないよ。お嬢ちゃんがあんたを玉座から見ていたから、あんたがこの世界に入ったのも分かった。だからおいらはあんたをむかえにきた。それだけさ。友だちがきたら出迎えるのは当然だからな、別に缶づめ目あてじゃないからな」
今回も、缶づめ一個と引きかえに穴ぐらまで案内してもらいます。
「玉座の力で何度かトミー・パピーを見たんだが、連中と仲よくお話しているな。でも天気の話とか食べ物の話ばっかりで全っ然進展しないし、連中もいら立ってるみたいだ。トミー・パピーがあっちの世界の玉座に座らない限りはお嬢ちゃんが世界の支配者になることもないし、こっちも安心だけどな。ただトミー・パピーを見てると、あまり危機感を感じないんだよな」
「どういうことですか?」
「おう、あいつはどこまでも楽観主義者だし、理想主義者だし、遊び第一って奴だ。とにかく楽しいことが大好きで、時には自分の楽しみを優先させることも少なくない。今じゃ反省して大人しくなってるが、昔はデズモンドランドでお客さんを楽しませるために傘で飛んだり、本物のデニスとクリスを連れ歩いたり、やっちゃいけないことをやったこともあった。それでもトミー・パピーは、あんたらのことを本気で心配してくれている、それは間違いない。ただ、目先に楽しいことがあるとそっちに飛びついてあんたらのことを忘れちまうってこともありうる、そういう奴だ」
「自分たちでこの世界を救うことも、視野に入れないといけないかもしれないってことですか?」
「そこまではいわないが、トミー・パピーだけに任せきりにしてちゃだめだってことだ。おう、まあそういう顔をするな、おいらもあんたらのことを助けるから。缶づめと引き換えにな」
 肩にぽんと乗せられたファットチキンの羽が、妙に重く感じました。

 ファットチキンについて細く長い穴をくだっていくと、不意に小部屋が姿を現しました。カラフルな絵の具のようなものが一面に飛び散っています。
 ピンクキャットたちが木製のイスを取り囲んでいて、そのイスの前にはぼんやりと映像が浮かんでいます。
 流花はこちらに背を向けて、木製のイスに座っていました。
「藤山」
 声をかけると、流花は座ったまま飛びあがってふり向きました。
「さっ、佐伯君!」
 映像が一瞬にしてかき消えます。
 こちらにかけ寄ってきて目の前でつんのめるようにしてとまると、少しためらう素振りを見せてから両腕をつかんできました。
「落ちつけって」
 背中をさすって労をねぎらってあげます。元気そうな姿を見て、取りあえずほっとしました。
「無事でよかった」
「藤山こそ」
 修治は少し気恥ずかしくなって、目をそらしました。流花も困ったように笑って、目を下に伏せます。
「映像が消えちゃったじゃない、ちゃんと座って」
 ピンクキャットの非難する声で、二人は我に返りました。
「そうだ、今トミー・パピーさんが大変だったの!」
 流花は玉座に腰かけると、目の前の壁を見つめます。
 玉座の前にぼんやりともやが浮かびあがり、そのもやに投影されるような形で映像が映しだされました。
 修治は玉座の後ろに回って、ピンクキャットたちと映像を眺めます。
 どこか分かりませんが、黒い大理石が床や壁にしきつめられた、広い建物の廊下が映っています。
 トミー・パピーとヤマ、ヘイハチ、デノセッドが廊下を歩いて移動しています。トミー・パピーに強制されている雰囲気はありません。周囲に親しげに話しかけて、完全に無視されています。映像には少しノイズがかかっていました。
「どういう状況なんだ?」
「さっきまでずっとトミー・パピーがわけの分からない世間話してたんだけど、いつの間にかトミー・パピーが玉座に座って後継者を指名する――つまり、私がデズモンドの後継者だと認める流れになってる」
「本当に何とかする気があるのかしらね」
「おう、取りあえずだまって見てるしかないさ。こっちからは何もできないからな」
 ピンクキャットとファットチキンも映像をじっと見守ります。
「藤山、もうちょっと寄れないか?」
「そうか、そうだよね。何か近寄るの怖くて、あっちから見えるわけないのに――」
 映像がズームインするにつれ、ノイズが強くなっていきます。
 廊下が終わって階段にさしかかりました。階段の上はいきどまりになっていて、そこには木でできた粗末ないすがありました。今流花が座っているものと同じもののようでした。
「ほんとに座る気?」
「おうおう、まじかよどうする気だ?」
 ファットチキンたちも、さすがに動揺を隠せないようでした。
 もう一つの玉座は、すでに連中が持っていたようです。
 トミー・パピーは玉座の前で立ちどまって連中を見回すと、何のためらいもなく腰かけました。
「あ……」
「おう……」
 玉座の世界の住人たちもあっけに取られた顔をしています。
「それでは、トミー・パピーよ。玉座の世界にいる小娘をこの世界の王であると承認してはくれないだろうか」
 ヘイハチが、やわらかい、でも有無をいわさない口調でいうのが聞こえました。
「うふふ、いいよ」
 トミー・パピーはほがらかに答えて、上を見あげます。
「おーい、流花ちゃん、聞こえる? 修治君はそこにいるかな?」
 あさっての方を向いていますが、どうやらこちらに呼びかけているようです。
「馬鹿じゃねえの、お前馬鹿じゃねえの、奴らがここを見てるって何で分かるんだよ」
 ヤマがさわぎたてます。
「うーん、見てるかどうかは分からないよ。ただ、君たちは流花ちゃんに『ずっと玉座に座ってるように』って伝えるために修治君をあっちに送ったんでしょ。だったら、今ごろ流花ちゃんは玉座に座ってるだろうし、もし座ってたらここを見てるだろうなって思ったんだ」
 トミー・パピーは少し困ったようにいいました。
「えーと、本当に見てるかな? 見てる前提で話すよ。もし見てなかったらまたあとで仕切り直しってことで、うふふ。これから君を王様にしたいと思うんだけど、下準備はできてるかな? 今、リングはしてる? もししてたら、それは修治君に手渡してくれる? それをしてると時間が経った時にこっちの世界にワープしちゃうからね。修治君に渡してあげといて」
 流花はリングを外して、こちらではなくファットチキンの方を見ました。
「どうしたらいいと思いますか?」
 困り果てて助けを求めるというよりは、ただ単に自分よりくわしい人に意見を求めるような訊ね方でした。
「おう、おいらはトミー・パピーが何を考えているのかさっぱり分からないけどな、どこまでもあいつのことを信じてる。だから、おいらはトミー・パピーに従うことを勧めるよ。ただ、おいらは同時に、あんたがこの世界を救ってくれるってのも期待している。あんたが一番いいと思うようにすればいいさ」
「私が一番いいと思うように――」
 彼女はうなずくと、今度はこちらをふり返りました。
「私はトミー・パピーを信じてる。もし私が王になってもそのまま元の世界に帰れるし、下手なことして連中を怒らせるのもよくないんじゃないかな」
 そういうと、リングを差し出してきます。
「だから、私はこれを佐伯君に渡した方がいいと思うんだけど、どう思う?」
「お前が王になってもデメリットはないんだろう? こっちが不利益を被らない限りは、トミー・パピーや連中に従った方がいいんじゃないか」
 修治は考えながらゆっくりと答えました。
「佐伯君にそういわれると自信がつくよ」
 流花はリングを外して、修治の腕にはめてくれました。
「リングはちゃんと渡したかな? うふふ、じゃあいよいよ、デズモンドを継ぐ新しい王様の誕生だ」
 一同は映像に注目します。
「新しい王様は先代と違って特に知識も才能もあるわけじゃない――若いしね。でも、少なくともこの世界をいい方向に導いてくれるような気がするんだ。今時めずらしい、純朴ですれてない、とてもいい子に見えたよ、少なくともぼくには。流花ちゃんという清流がこの世界の忘れ去られた不毛の土地をうるおし、にごりを取り去ってくれることを願っているよ」
 トミー・パピーの目が、一瞬こちらをはっきりととらえたような気がしました。
「うふふ、これ以上よけいなこと話してると周りから怒られそうだからこれくらいにしておくよ。流花ちゃんだって、大人の長ったらしい時候の挨拶、好きじゃないでしょ? それとも日本人はそういうのを好むのかな。ぼくアメリカ出身だからよく分かんないや」
 トミー・パピーはポシェットを床において、イスに深く腰かけ、両手を膝の上に乗せました。
「さてと、じゃあ、これから一つだけ質問するよ。それに『はい』と答えれば君は王様だ。さすがのぼくも緊張するね、うふふ」
 軽くせきばらいしてからゆっくりと、低い口調でいいました。
「藤山流花ちゃん、ぼくは君をこの世界の新しい王様に任命したいと思う。引き受けてくれるかな?」
 トミー・パピーの目がはっきりとこちらを捕らえました。
「おう、こっちが見えてるのか?」
「どうして、信じられないわ」
 玉座の世界の住人がこそこそささやく声が聞こえました。
「……はい」
 流花の声は力強さは失っていないものの、少しふるえていました。
 修治は彼女の横に立って、手をにぎってあげます。
 ヘイハチとデノセッドに変化はありませんでしたが、ヤマは辺りをきょろきょろしています。
「君には分からないだろうけどね、今この瞬間から君の声はこっちの世界に届くようになったんだよ。君はこの世界に指示を出せるし、この世界の地形を変えたり、新しい建物を建てるのも壊すのも好きにできるんだ。試してみる?」
 トミー・パピーは漫然と目の前を指差します。
 映像を移動させると、そこには黒いつやのある石柱がありました。
「試しにあれを壊して、もう一度直してごらん。あまり派手にやらないでよ、ぼくたちが危ないから。優しくぽきんと折ってあげるだけでいいからね」
「……分かりました」
 流花は小声でいうと、映像の中の石柱を見つめました。
 すぐにぴしっという音がして、柱の真ん中辺りに亀裂が走り、そのまま崩れ落ちました。
「よくできました」
 トミー・パピーは飛んでくる砂塵を手であおぎながらいいました。
「じゃあ、これを直してみようか。……そうだね、ぼくは明るい色の方が好きだから、ピンクの柱にしてもらおうかな」
「そんなのできるんですか?」
「うふふ、君しだいだね」
 トミー・パピーは、何かをいいかけたデノセッドを手で制して、楽しそうに笑いました。
 修治は、こんな時なのに連中の前で遊んでいるトミー・パピーに、頼もしさと同時に恐れを感じました。
「やってみます」
 流花がこちらに目配せしてきました。大人しく従ってはいるものの、恐らく彼女も同じ気持ちなのでしょう。
 彼女が映像に注目すると、大理石の破片がこすれるような音を立てて宙を舞い、一瞬光ったかと思うとあざやかなピンクに変化し、元の形にもどりました。
「お見事だね、正直なりたてだから使いこなせないだろうなあって思ってたんだけど、初めてでこれだけできれば十分だよ。じゃあ次はこの柱に電飾なんかを――」
「トミー・パピー」
 デノセッドが低い声でいいました。
「あ、君も流花ちゃんに何かしてもらいたいの?」
 おどけていいますが、デノセッドは仏頂面のままでした。
「そなたも、消されたくなければあまり勝手なことはしない方がいい」
 トミー・パピーは口をおさえて苦笑いします。
「小娘、我輩のいう通りに行動してもらえるだろうか?」
 疑問形ですが、有無をいわさない口調です。
「我輩たちはデズモンド映画黎明期のキャラクターだ。今そなたの世界で我々のことを知っている者はほぼいないだろう。それも時の流れであり致し方のないことだ。残念なことではあるが我輩はそれを受け入れている。ここは、おのれの作品の復活ではなく、デズモンド映画全体の繁栄を願い活動する方が得策であると考えている。実際に我輩たちは、デズモンド映画の繁栄のためにこの世界の秩序を守ってきた。時には新しい作品の者と衝突することもあったが、結果としていい方向にこの世界を導けていくことができた」
「おうおう何いってやがるんだ。トサカにきた」
 ファットチキンが後ろで毒づきました。
「だが、この世界も年々キャラクターが増え続け、我々では収集のつかない事態になってきた。最近では一部のキャラクターが自らの作品の優遇、発展を求め他の作品の舞台に干渉したり、我々に盾つくこともある。このままではこの世界全体が本来の作品の世界観を保てなくなってしまう。すでにそなたも知っているだろうが、この世界の崩壊はそなたの世界のデズモンド作品の崩壊にもつながるのだ。これは何としても避けたい事態だ。そなたもそう思うだろう?」
「そうですね」
 流花は慎重に答えます。
「そこで我輩たちは、悲しい決断をしなくてはいけなくなった。デズモンド作品全体を守るためには、デズモンド作品の中の害をなすものは切り捨てるしかないという決断だ。このままではこの世界全体が滅び、すべてのデズモンド作品がそなたの世界からなくなってしまう。それを避けるために、この世界に害をなす作品を、涙を飲んで、この世界からなかったことにすることにしたのだ」
「おうおう、回りくどくいいやがって、つまり『邪魔者は消えろ』ってことだろ」
 後ろでまたファットチキンがほえます。
「そなたはこの世界の王だ。つまりウォーレス・デズモンドの後継者であり、当然、自分の作品を好きにすることができる。我々はあくまで、そなたに助言しているだけなのだ」
「助言」
 流花はくり返しました。
「助言だ、あくまで助言なのだ。さっそくではあるが、そなたに助言したいことがある。聞いてはもらえないだろうか?」
「聞きましょう」
 彼女は言葉を選びながら答えました。
「聞いてから、どうするか考えます」
「そなたが賢明な判断をしてくれることを願っている。そなたも知っているだろうが、ごく一部の者が表立って我々に反発している。彼らの口から出る言葉はきれいではあるが、その実、我々に刃向かい、この世界を破滅に導くための方便にすぎない。そなたの世界にもいるだろう? そういった者に耳を貸してはならない。そなたにはそういった者どもを、消してもらいたいのだ」
「け、消す」
 流花の声がまたかすれました。目が泳ぎ、不安そうな視線をこちらに送ってきました。さすがに動揺を隠しきれないようです。
 修治は彼女の手を強くにぎりました。
「そなたのつらさはよく分かる。だが、時には魂をこめて作りあげた作品を封印、破棄しなくてはいけないこともあるのだ。心を鬼にして、この世界を救うという気持ちで仕事にあたってもらいたい」
「何をさせるつもりですか?」
 流花の口調にはまだおびえが残っていましたが、「いいたいことがあるならはっきりいえ」という静かな怒りも感じ取れました。
「我々はそなたに何かをさせるつもりはない、ただ、そなたが間違った行動をしないよう導き助言しているだけなのだ。完結にいうと、この世界を破滅に導く者ども――まずは主犯格である『メアリーの旅』『メタコメット』『ユーリ』の面々を、いなかったことにしてもらいたい。先ほど柱を壊した時のように、そなたが念じれば一瞬でいないことにできる」
「できません」
 流花は声をふるわせながらも、断固とした口調でいいました。
「今すぐにとはいわない、そなたのつらい気持ちもよく分かる。ただ、この世界の王として、時には感情を排した措置を取ってもらえることを我輩は願っている。そういえば――」
 デノセッドは、「今思いだしたばかり」という口調で続けました。
「リングはもう少年に渡したか? まだリングの効果が出るまで時間がかかるが、少年にはまだやってもらいたいことがあるのでこちらからリングを操作して、効果が出る時間を早めておいた。少年にはまた後日食料を届けにいかせるから、心配する必要はない。そちらには食料がないからな。こちらからは以上だ。あとは、そなたがこちらの助言も考慮に入れつつ、正しい行いをしてくれることを願っている」

※続きはこちら。

ご支援頂けますと励みになります!