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光と影(1)


私の沖縄は 常に瞳孔が開き切った 濃密な時の記憶。

目に映るものが全て 鮮やかでなまめかしく 湿度を伴って
命を宿し 揺れ動き 空間の壁を隔てることなく
我が身に一心に向かってくるような そんな沖縄だった

なぜ急にそんな思い出が フラッシュバックしてきたのだろう
この強烈な暑さにやられた脳が
あの頃の私たちを 記憶の底から 浮かび上がらせてきたのだろうか。

大学を卒業したその春
迷うことなく ここから一番遠いところに旅立とうと思った。
学生をやっていたから 海外に発つ資金が手元になかったため
働きながら生活できる そんな場所が必要だった。

もうすぐ冬が終わる 春の気配を感じられるようになった
大学最後の年
私は図書館で 大型の電話帳を 開いていた。

ここから一番遠いところ

北はバイクで旅をしたことがあったから
次はに行こうと思った。

本島よりももっともっと遠い最果ての島八重山諸島

電話帳で手当たり次第 八重山諸島で住み込みで働けるホテルを拾った。

そしてその場で電話をした。

3つめの電話で その頃
住んでいた名古屋に たまたま出張で来ている人事担当の人と
明日面接できるという話になる。
面接の結果 無事に採用。
卒業式の次の日 八重山の小浜島 というところに旅立つことにした

ホテル自体は 大手会社の経営で
時間や働き方は 内地のそれ そのものだった。
従業員もほとんどが 日本各地から集まってきた内地の人だったので
ピシッと決められたマニュアルに沿って しっかりと仕事をした。

私は 週に二日 与えられる休暇を
石垣島に渡って過ごした。
高速船が出ていて 30分ほどで 石垣島にたどり着くことができる。

ある夜 石垣の港街を ぷらっと歩いていると
ロケットレコード」 と看板を出した 間口の狭い奥行きのある
レコード屋から 音楽が流れ出てくるのが聞こえた。
覗き込んだ私と 店内にいた 
自分と同じくらいの歳の男の子二人と 目が合った。

「石垣に来た時には 遊びに来てよ。」
と 連絡先と 民家の住所をもらった。
どうやらその民家に 友達数名と住んでいるらしく
誰でも勝手に来ては 寝泊まりしてもいい という場所らしかった。

次の休み 私はそのメモを頼りに 彼に電話をしてみると
オンボロの 屋根のない黄色のジープが 港に私を拾いに来てくれた。

ドレッドの男の子 モヒカンの男の子
おっぱいのこぼれ落ちそうな小さな水着 
金髪 大きなサングラスの女の子たち。
オープンカーに乗って大音量で音を流し
ギャアギャア笑いながら 大浜という地区にある
全体が苔色のオンボロの民家に到着した。

玄関のない 縁側から出入りできる
開けっぱなしの パーパーの家だった。
古い沖縄の民家で 石垣に囲まれて 屋根が漆喰で塗り固められた
背の低い一軒家だった。

庭にまで お香の匂いが漂っていた。
今でもそのチャンダンの香りを嗅ぐと
当たり前のように あの 薄暗い古い民家が頭に浮かぶ。

大きなスピーカーが部屋の角と角に ふたつ鎮座していて
どこの国から来たのか不明な ありとあらゆる謎の飾りが置いてあり
ジャンベやディジュリデュの楽器が 無造作に転がっていた。
布団は汗を吸って 湿っているようだし
カビが生えすぎて原型の色を留めていない浴場があって
外には 申し訳程度に裸電球のぶら下がる ボットン便所があった。
台所はゴキブリと共存していて シンクはゴミで溢れていた。
使える茶碗がどれかわからないくらいのカオスだった。

迎えに来てもらった 屋根のないジープから流れる 大音量のレゲエ
その先に待っていた 妙に現実味のない ボロボロの沖縄古民家
迎えにきてくれた若者たちも
全身タトゥーのモヒカンとか 
おっぱい丸出しの水着 金髪に大きすぎるサングラスとか
漫画に書くと 濃いキャラを集めすぎて爆発しそうな 人材ばかりだった。
私のそれまでの人生で交差することのなかった種類を寄せ集めたような
仲間との出会いだった。

休みのたびに 屋根のないジープで ビーチに行った
大音量で音楽を流して
女の子たちはすっぽんぽんで 海で泳いだ。
彼らは 誰もいない ありえないほどの綺麗なビーチを知っていた。
観光客からは決して見つからない場所にある 秘密のビーチ
いつも私を連れて行ってくれた。

揺れるおっぱい 走りだす お尻
それを穏やかに見守る タトゥーのモヒカンとドレッドの男の子たち

真っ白な砂浜
焼ける肌
どこかで手に入れてきたドラゴンフルーツで染まった真っ赤な舌を見せ合って
大笑いしていた
ケタケタ 笑が止まらない理由は 煙のせい。
いつも誰かが 回してくれて
私たちはいつも ハイになって 遊び垂れた。
野垂れ死するくらい笑って 泳いだ

記憶が戻ってくる頃になると 空は夕暮れ
夜になると友達のやっているバーに行く
店を閉めて 自分達だけの時間を作ってくれる。
東京でストリッパーをしているという彼女たちが
全裸で ビリヤード台の上で ストリップショーを見せてくれる。
いつもサングラスで顔を隠していた彼女たちが
何も身にまとわず
その顔をもさらけ出してくれたあまりの美しさに息をするのも忘れた。
長い手足を持て余すようにして
さらにその妖艶さを加速させる 顔の造形の美しさだった。

自分自身の感覚はどこか遠いところに置き忘れてあったから
裸体を見ても直接的なエロさを感じられない。
現実味のない どこか 遠い夜の情景が 灯った明かりの下で揺れている。
大音量の音
匂い まわる室内 動き続ける裸体

なだれ込むようにして誰かの運転する車に乗り込み
空が白み始める頃 古民家に戻る
誰かの布団で 死んだようにして眠る

小浜島までの高速船に乗り 仕事に戻る直前まで
現実味のない休日を石垣で過ごし
タイムカードを押して
キリッとした顔をして 内地仕様に身をこなす。

明るい店内できちんとした制服を着て 仕事をこなす自分と
休日の 自堕落しすぎて 時間の経過も把握することのできない自分との
対比が あまりにも強烈すぎた。
まるで 影さえも焦げそうな強烈な日差しの日中
一寸先も歩くのが 憚られるほどの濃密な夜の闇を 懐抱する
沖縄そのもののような 激しい対比だった。

私の沖縄生活は そんな二面性を含みながら 始まることになった。

つづく 第二話こちら
https://note.com/ninguru/n/n71045f92548c

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