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その食パンは 食用ではなかった思い出

最近 旅の記憶を文字に変換する作業をしようとしているが
いかんせん 文字だけだと信ぴょう性がないために 写真欲しいなってところで
旅の写真を ごそごそと探してみるが
肝心な 旅の写真は 神隠しにでもあったのか
忽然と姿を消してしまっている。
代わりに どうでもいい過去の思い出写真が出てくるものだから
必要な写真が出てこなくて 悶々としているところに
さらに 追い打ちをかけて
どうでもいいスナップショットを握りしめながら
こんな写真なんぞ 要らんのだわ!と 
一人愚痴る日々。

「どうでもいい写真」 の中の一枚
オーストラリア休学明けの 
大学復学してから 3・4年生の時に
パン屋さんで 早朝バイトをしていた時の。

5時に起きて バイトして そのまま大学行って
夜9時まで授業とって 帰宅。
夜間もある大学だったため
1・2年生で遊んだツケを支払うように
必死で大学に通っていた。
もう 「大学に住んでいた」と言っても 過言はない程だった。
でも長期休暇には 旅に出たいから
お金は必要だし。早朝の空いた時間をバイトにあてていた。

日曜日のバイト シフトが終わる
朝10時前の頃合いに
ちょっとゴージャスな服装を身にまとって
髪と眼鏡に 色を付けた いい歳の女性が
何人かの 「とりまき」を引き連れて
食パンばかり 10袋ほど お買い上げにみえる。
それは日曜日の朝のルーティンになってるから
店側も 10袋の食パンを 用意して待っている。

見た目ゴージャスだし
「とりまき」たちも 付いているし
毎日曜に ランチパーティーでも開いているのかしらと
店のみんなは思っている。

でも私は知っていた。

その「食」パンは「食」用にされてはないことを・・・。

名古屋中心地栄のど真ん中に
中日ビルという 大きな建物があり
パン屋はその地下に位置するあたりに店を構えていた。
パン屋を出てそのまま 階段を上がれば
中日ビルに続いているという 位置づけ。

私は毎日曜日
パン屋が終わったその足で
そのまま 中日ビルに通じる階段を上がり
3階で開催されている
「デッサン教室」に通っていた。
名前負けしてない 本物の全裸の女性が
モデルを務めてくれる 「デッサン教室」だ。

大きな画用紙を立てたイーゼルを
全裸女性モデルを中心に 半円形に囲んで
個々好きな場所を選び デッサンするスタイル。

デッサンは一講座 2時間ほどだったが
チャコールで深い色合いになるまで陰影をつけるため
一度では終わらない。
(炭の長細い棒に、手が黒くならないために
 持ち手の部分にアルミホイルを巻き付けた形状の
 鉛筆のようなものを使用する)

一か月ほどをかけて ひとつのデッサンを終わらせるのだが
一週間前と同じポーズを 寸分たがわず作り
石膏像のように ピクリともせず 固定し続けるのだから
やっぱりプロだなぁと 感動したのを覚えている。
羞恥心の片鱗をも見せない堂々とした姿にも 心動かされた。

数人の「とりまき」を引き連れたゴージャスな身なりの女性は
言うまでもなく
 「全裸モデル 」の方 ではなく
 教室の「先生」であった。

さて。

チャコールを画用紙の上に載せて 陰影をつけるのだが
紙の上に乗った 炭の粉を 吸着させて 
取り去るために使われているのが・・・・

あの 食パンなのだ。

一人一枚ほど 必要ならば 追加しても構わないのだが
焼きたてふわふわの 真っ白の部分だけを
カリっとした 耳の部分から切り離し
そのふわふわを ぎゅっと握りつぶして
紙の上に乗せた 炭の粉を ポンポンと軽くたたくだけで
あら、不思議。 
消しゴムのように ゴシゴシすることなく
白い画面が戻ってくる。

焼きたての食パンの香りが立ちのぼる中
裸体と画用紙の上の曲線の 誤差を見出し
全集中で 空白を埋めていく。

「食パン」によって
「消す」という感覚ではなく
「光を乗せていく」という感覚。
明るい部分を 描き足していく、という感覚。

完成した時には 画用紙のもともとの白い色は
どこにも残っていなく
白に見える「光の当たる明るい部分」が
その食パンによって 描き足されている
という感覚。

私は
職場のみんなが
朝から 丹精込めて
「おいしくなるように」と 焼き上げているのを
横目で見ながら 成形しているので
焼きあがったその食パンが
誰かの口に入り 「おいしい!」と 喜ばれる結末を
当たり前のように 想像して働いているのだろうから
口が裂けても
あれは 「消しゴムの代わり」ですよ。とは
打ち明けることができずにいた。

今 思うのは
なぜあれが 「焼きたてのパン屋の食パン」でなくては
ならなかったんだろうということ。
賞味期限の切れてしまった食パンを
もらってくることができなかったのか。とか。
ちょっと悔しくて苦い思い出を
この写真が思い出させてくれた。

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