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中央線の車掌さん

 昭和40年、大学入学の直前、運転免許の試験に合格し、
小金井の運転試験場で、免許証を受け取った。
帰途、小金井駅で新宿までの切符を買おうと、
財布を覗くと、不覚にもお金が足りない。
仕方がない、新宿経由の通学定期券を持っているので、
買えるだけの切符を買い、後は定期券を使う事にした。
俗に言うキセルだが、他に思いつかない。
 
 電車に乗り込み、がらがらの席に座わり、
いつもの如く文庫を開くが、単調な音に誘われて、
つい、うとうとしてしまった。
と、「もしもし、」と声を掛けられる。
目を開くと、車掌姿の国鉄職員(当時はJRではない)が、
切符を見せてくれと言う。
まずいなと思いつつ、既に乗り過ごし状態になっている切符を見せると、
何処まで行くのかと訊かれ、新宿までと答える。
では乗り越し料金が○○円ですと言われる。
 
 進退窮まり、「お金を持っていません。」と答えると、
車掌さんは、こちらの学生服の胸ポケットを見て、
定期券を持っているのかと聞くので、
はい、と答えて、素直に出して見せた。
車掌はそれを眺めながら、暫し考えて、「では、それで出てください。」
 
 つまりキセルを容認しますと言っている。
え、本当にいいのかなと思いつつ、学生証を見せましょうかと聞くと、
「いやいい、」と、答えて、
何事もなかったように、次の客のほうに行ってしまった。
一部始終を見ていたとなりのおばさんもほっとしたようだった。

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