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私以外の命とくらす

俳優の宮沢氷魚さんが、「ボクらの時代」で鈴木亮平さん、阿川佐和子さんと対談してたとき。
「最近観葉植物を家に置くようになりました」と言っていた。
「そのきっかけは何か。」という問いに
「自分の家の中で、命が自分だけだということに気づいたんです。」と言っていて、
その時私はえらく共感したのを覚えてる。

確かにそうだ。私の六畳半の1Kの家には、命は自分だけ。
お気に入りの本棚も、お気に入りのお皿も、全部無機物で命は宿ってない。
私が出かければ無機物だけの空間になって、友人を連れてくれば命が増えるけど、基本的にひとつの命が暮らしている。

私は動物を飼うことができない。
もちろん賃貸だしというところもあるけど、犬猫はアレルギーだし、何より死ぬのがつらい。
失うのは怖い。失うことがわかっているものを手にするのが怖い。
私は極端にそれが苦手で、欲しがらないようにしている。
命を預かる以上、責任がともなうし生半可な気持ちで飼ったりできないなあという気持ちもある。
だからわたしは多分これからも動物は飼わない。

宮沢さんの言葉を聞いて、植物を買いたいと思ったけど
まだ買えていない。なんとなく、枯らしてしまうことも怖い気がして。
だからまだ、私の部屋に命は私だけ。

ただ、最近新しく通うようになった職場に、金魚がいる。
職場はもちろん命はたくさんいる。上司や先輩、たのめーるを運んでくるおじさんやたまにしか来ないえらい人。毎日一定数いて、出たり入ったり忙しい。
そんな中で、3匹の金魚は毎日同じ水槽で、会社が休みでも泳ぎ続けている。
今まで働いてきた職場に動物がいたことがなかったので、少し驚いたし
なんだか、金魚がいるだけで少し穏やかな気持ちになった。
金魚は全てを見ているわけでも、聞いているわけでもないと思う。
でも心なしか、命が、それも人間からはまだまだ未知な命がいることで
穏やかに保たれているようにも感じた。

「金魚を飼う」ということは、少なからず生に対して尊重の気持ちとか、守ろうという気持ちがある人たちなのかもしれない。だから私は少しだけ安心することができたし、その予想に違わず、温厚な人たちの集まりだった。
全員が世話をしているわけではなく、むしろ社長しかしてない。
でも少しでも泳ぎが鈍かったりしたらみんな気がついて、注意して見ている。

私が入った時には3匹いた金魚は、この間2匹になってしまった。
社長は悲しんでいて、みんなもちょっと寂しい雰囲気だった。
そしてより一層残りの2匹をみんなが見守るようになった。

もちろん責任が伴うし、ほいほいと飼うわけにはいかないけど。
集団で生活する場所でも、癒しを与えてくれたり守るべき命があることは
人の心を豊かにしてくれるのかもしれない、と思った。

梅雨入りしたね。
梅雨が明けたら、私も植物を買いに行こうかな。

ではまた。


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