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序章

窓越しに流れる景色を呆然と眺めながらもう随分ガタゴトとバスに揺られている。もう自分以外の乗客もいなくなってしまった。降りるバス停を乗り過ごしてからどれぐらい経ったか覚えてもいない。バス停に着いた時、下車しようと席を立ったのに何故かそのまま立ち尽くしてしまい、降りなければと思えば思う程身体は動かなかった。発車を告げるアナウンスの後、閉まるドアを見つめながら直ぐに後悔や罪悪感に苛まれたけれど、何処かホッとするような不思議な安堵を感じたのだけは覚えている。それはまるで息苦しい疲労感だけを抱えながら走る長距離走の途中で足を止めた後のようだった。

最終バスを乗り過ごしてしまった。ただただ途方に暮れながらも同時にその状況を観念するような気持ち。それは身体中に絡みついた糸を解こうともがいていたのにいつの間にかそれを諦めてしまったように、いくつも複雑に絡まった気持ちが地に根を張り動けなくなってしまったようだった。

急に目覚ましが部屋中に鳴り響く。薄眼のまま目覚ましを探しながら「またか」とため息と共に吐いて洗面所へ向かった。
裕太は周期的に最終バスを乗り過ごす夢を見ている。焦りや不安だけを乗せたまま走り続けるバスに揺られながら、それでも途中下車も出来ず、しかもこのまま乗り続けてしまう事に安堵してしまう自分に矛盾じみたものを感じながら目を覚ます。その夢に続きはなくただいつも同じ状況を繰り返すだけの、まるで時間が捻れて永遠にループしている空間にいるかのようだった。
しかし彼は現実でもさして大差のない生活をしている。一応それなりに仕事をして自立しているものの精神的には半ば引きこもりのようなものだった。


そんな日々も気づけば10年近くが経とうとしていたある日、遂にその夢の続きを見た。乗り続けていたバスが終着ターミナルへ着いたのだ。とうとうバスから降りなくてはならない。降りてはみたののもうあのバス停へは戻れないし、ここから何処へ行けばいいのかも分からない。また再び途方に暮れるも今度はそこに安堵はない。だからと言ってもう立ち尽くす事も出来ない。先へ進まなければならないのだ。行く先が何処でこれからどうなっていくか解らなくとも。

目を覚ますとすっかり朝になっていた。にんとはスマホに目をやると今日が誕生日だと気づく。
「そうか、今日から40なんだ」
そうつぶやくと一つため息をついていそいそと仕事への支度を始めた。

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