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『天気の子』で是非とも注目してほしいシーンを、新海監督の過去作を交えながら紹介していく話(ストーリーネタバレなし)

 2021年って文字列、なんかこう…不恰好ですよね(笑)

 あけましておめでとうございます。令和になってもう3年目ですか。平成がつい最近のように感じますが、意外と時が過ぎているのを実感します。皆様は正月休みをいかがお過ごしでしょうか。

 僕はと言えばここ数年、正月らしい正月を過ごしておりませんで。初詣ももう何年も行ってませんし、一人暮らしなもんで家族で過ごしているわけでもありません。正月特番も興味なくて、Huluで笑ってはいけないを観てるくらいですね。その笑ってはいけないもリアルタイムで観ておらず、新海誠監督の『星を追う子ども』をHuluで観てから年明け前に寝ました(笑)

 年々、新年というものに興味がなくなっていくのを肌身に感じます。

 ただ、明日の1月3日(現在1月2日午後10時です)にテレ朝で放送される映画は絶対観ようと決めておりまして。

天気の子

 はっきり言ってこの作品、名作です。

 と言っても1回目観た時はわからなかったのですが(笑)2019年に公開された作品でして、その時と去年の夏頃に2回劇場で観たのですが、最初の時は正直『君の名は』みたいなのかなと勝手に思ってたんですよ。

 2016年に公開された『君の名は』は興行収入ランキングで当時の邦画歴代2位となる特大ヒットを飛ばしました。昨年大晦日あたりに『鬼滅の刃』に『千と千尋の神隠し』ともども抜かれ3位に落ちたものの、邦画のトップ3が全部アニメ映画というのはオタクとしてはなかなか嬉しいものでございますな。

 それはそれとして、『君の名は』というのは新海誠監督特有の圧倒的な絵の美しさと音楽による演出効果がこれでもかというほどに発揮された映画です。特に街を停電させてから隕石が落ちてくるまでのシーンはほとんどPVですよ(笑)

 RADWIMPSの「運命~だとか未来~とか~♪」という歌声に乗せて転倒した三葉がまた走り出すシーンなんか涙なくしては観られません。人というのは映画の内容よりも壮大なBGMとかで泣いてしまうものなので、そういう意味でも新海監督にまんまと泣かされたなという感じでしたね。

 で3年後に『天気の子』が公開され、当然今回も『君の名は』みたいな感じなんだろうなと思っていくわけじゃないですか。

 でも、クライマックスシーンを観た時に「ん?」と思っちゃって。

 無論、『君の名は』みたいな部分もあるんですけど、最後近くに主人公の帆高が線路を走るシーンがあるんですね。今回はストーリーのネタバレなしなので何の為に走ってたかは言いませんが、こここそが『天気の子』で最も重要な場面でして。

 ただですね、『君の名は』みたいな派手さは正直言ってないんですよ。

『君の名は』ってまず変電所を爆破して街が一気に停電して、偽の避難勧告で住民を避難させ、その間に三葉と瀧が会い、父親である市長を説得する為に三葉が走って…というシーンを連続で見せてくるじゃないですか。

 そういうわかりやすい映像的、音楽的な快感があったからこそ映画がヒットしたんだと思ってるのですが、最初『天気の子』を観た時にあまりにそのイメージが強すぎて肩透かしにあったような気分になったんですよね。

 なのでしばらくの間そんなに好きな作品ではなかったのですが、2回目観た後に印象がガラッと変わります。

 まだ観た事のない方もまあまあいると思うので(とはいえ公開から1年半経ってるわけだから気になるなら観ろよって感じですが笑)直接的なネタバレは言わず、代わりに新海監督がこれまで作られてきた作品で語っていこうと思います!

 元々新海監督は僕ぐらいの世代のオタク、要するに00年代にオタク文化にどっぷり浸かってた人にとっては馴染み深い監督と言いますか。

 彼が2002年に『ほしのこえ』という短編映画を作った時、オタク界隈の間でかなり衝撃が走ったんですよ。

ほしのこえ

 なにせこれ、脚本やら作画やら音楽やら全部を新海監督が一人で作り、最初のバージョンでは男キャラの声まで演じてまして(笑)

 しかも一人でやったから凄いというわけではなく、『宇宙船の乗組員に選ばれた女の子が恋人の男の子とメールでやり取りをするが、距離と同時に受信速度も遅れていく』という切ないストーリーで、これが実に上手く表現されていたんですよね。

『君の名は』以前から新海監督を知っている人ならわかると思うのですが、彼の映画ってむしろバッドエンドというか、当時はセツナエンドという呼び方もあったのですがそっち方面の内容ばかりだったじゃないですか。

 この後に作られた『秒速5センチメートル』なんかがかなり有名ですが、『雲の向こう、約束の場所』にしても『星を追う子ども』にしても『言の葉の庭』にしてもすべてがほろ苦いストーリーで、悪く言えば大衆受けしない作品ばかりだったんですよ。

 同時にそういう終わり方でも面白くする腕があったからこそ『君の名は』で思いきりハッピーエンドに舵を切った時に大ブレイクを果たせたんだと思うのですが、『君の名は』で舵を切ったものってそれだけではなく。

『君の名は』で瀧は三葉を運命から救う為に様々な困難に挑んでいきますが、世界そのものを救う事はできません。隕石で三葉の生まれ育った街が消えてしまいますよね。

 アニメってよく『ヒロインか世界どっちを選ぶか』という選択を迫られてだいたいどっちも救ってハッピーエンドという展開になるわけですが、新海作品の場合、どちらかは必ず犠牲になります。

『ほしのこえ』から『言の葉の庭』にいたるまで、新海監督は「ヒロインよりも世界」を選び続けます。SFだったりそうでなかったりと作風は様々なのですが、どの作品でも共通するのは主人公に自分の世界を優先させ、その代わり恋が成就する事なく終わってしまうという点。

 僕が新海作品で一番大好きな『星を追う子ども』なんかが顕著で、この作品は監督の生まれ育った長野県佐久市を舞台にしている作品でもあるのですが。

星を追う子ども

 これ、絵柄がジブリっぽいんで「ジブリもどき」みたいな批判的意見もあるんですけど、個人的にはむしろジブリの逆を行っている作品だと思ってまして。主人公は真ん中の女の子・アスナなんですが、このポスターに相手役の男の子はいません。

 アスナが好きになる男の子・シュンは序盤で死んじゃいます(笑)

 でシュンは異世界から来た男の子でして、その世界にある"死者を甦らせる場所"に向かうというのがこの作品のストーリーなのですが、まあ普通ならシュンを生き返らせるじゃないですか。

 これが新海監督の場合そうはなりません。アスナはシュンの弟であるシンに連れられ異世界に入り、森崎という妻を甦らせたい男と一緒に目的地に向かうのですが、いざ目的地に着いた時にアスナはそこに行けないんですね。

 というのも目的地が『メイドインアビス』みたいな大きくて深い穴の底にありまして、自力で崖下りをしていくしか辿り着く方法がない。それでも森崎は妻を生き返らせる為に死を覚悟して行くのですが、アスナは最初の一歩目で断念してしまい、それどころか森崎に言われるまま元来た道を引き返してしまう。

 結局はシンと一緒に穴の底へ行く事になるのですが、シュンを生き返らせる事はなく、森崎も妻を生き返らせるのを失敗し、ひたすら喪失感だけが残って終わる。

 この映画が深いのは、アスナが本当にシュンを好きだったのか?というのを残酷なまでに描写しているところなんです。

 アスナとシュンは2、3度あったのみでして、確かにアスナがシュンに惚れるようなシーンもあるのですが、だからってそれだけの理由で甦らせようとは思わないんですよ。

 愛する妻の為に命を賭けた森崎に対してアスナはどこか楽しそうに旅をしたり、森崎を「お父さんみたい」と言って顔を赤らめたりする。アスナのお父さんは子どもの頃に亡くなっているので父親の愛を知らないんですね。

 シンとも仲良くするようなシーンがありますし、極めつけは穴に降りれないシーンですね。アスナは自分を食らおうとする魔物に追いかけられながら、ひたすら元来た道を戻る途中で呟きます。

「私、寂しかったんだ…」

 要するにこれこそがアスナの本音であって、シュンを甦らせるというのは彼女の寂しさを埋める為の手段に過ぎなかったというのを痛感してしまうわけですね。

 結局アスナは穴の底でシュンとのお別れを済ませた後、自分の世界に帰って明るく過ごします。シュンを甦らせない代わりに自分の世界を守ったわけですね。凄く悪い言い方みたくなってしまいますが、こういうのが新海誠監督が描いていた事なんですよ。

 つまり新海監督はこれまでヒロインを手段にして主人公の目的を達成するというやり方で映画を作ってきたわけですが、『君の名は』でそれを逆転させ『天気の子』で更に進化させたわけです。

 こういう流れを踏まえた上で『天気の子』に戻りますね。主人公・帆高が線路を走るシーンというのは、これまでの新海監督とこれからの新海監督を融合させたようなシーンになってまして。

 帆高は離島の出身でして、そこでの暮らしに閉塞感を抱いていた。離島で光を追いかけるシーンがあるのですが、島なので一定のところまでしか行けず、最後はただ見送るだけになるのをもどかしく感じていたと。

 この光というのがヒロインである陽菜というか、帆高にとっての「望んでいるもの」の象徴として描かれているのですが。

 最後帆高が何も遮るものがない、新宿駅あたりの線路をずっと走る事で自分の目的を叶えているわけです。

 家出して東京にやってきて、雨を降らせる少女・陽菜と出会い仲良くなっていくわけですが、最後その逃げていく"光"を追いかけて帆高は走る。一本道の線路というのはその象徴としてのシーンであって、信号のある道路とかではいけないわけですよ。

 でその結果は知っている方は知っての通りなんですが、僕は2回目観に行った時に線路を走るシーンでボロボロ泣いちゃったわけであります。

 目的地を目の前にして降りられない主人公ではもうないわけですね。言ってみたら『星を追う子ども』のリベンジというか、ちゃんとシュンを好きで、穴に降りられたアスナが帆高なんです。

 これがアニメ監督としての成長ってやつなのかと、劇場で観ててビンビンに感じちゃいましたね。

 本当に『天気の子』は名作ですし、明日地上波で観れないという方も500円くらい出せば配信サイトで観れますから是非この機会に観ていただきたいです。過去作も良ければ是非。

 それでは今回はこの辺で。また緊急事態宣言が出るかもわからん状況ですが、今月はエヴァの新作もありますし、なんとか映画だけは観に行けるようであってほしいです。

 では皆様、良い正月休みを。

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