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1-04.ヘリクツスイッチ

 あっと言う間に金曜日がきた。
 家を出て待ち合わせ、一緒に外食がしたかったんだけど、キヨくんには業後に予定があるんだそうだ。一応、お酒の買い置きもあるから、キヨくんが返ってきてから一緒に晩酌かな、と思っていた。

 夜になって「ただいま」と玄関のドアを開けたキヨくんは、今朝送り出したときとは違う雰囲気だった。目がキラキラとしている。鼻息が荒い。なんだか少し嫌な予感がした。

 普通にご飯を食べ、普通にお風呂に入って、二人で洋室に移動した。晩酌用に、生ハムとチーズと、ビールと白ワインを準備した。

 ノートパソコンに向かって、かなり真剣に調べもの? をしている旦那に、私は「なにかあったの?」と聞いた。そうしたら、上半身だけ私の方へと向けて、キヨくんは言った。

「あーさん、あのさ。『寿命が延びるシャンプー』って、どう思う?」

 ま た は じ ま っ た の か !
  
 これまでキヨくんは、株、ヘリウムスリー、外星不動産ファンド、宇宙せどりの自動化、などなど、「働かなくても暮らせる方法」を目指して色々なものに手を出しては、途中で撤退する、その繰り返しだった。しかも宇宙がらみのばっかり。

 黙って今まで通り、技術(ひよこ)を仕分けしていればいいのに。私はいつも、口が酸っぱくなるくらい、そう言っていた。
 そのたびにキヨくんは、「わかったよ、ごめんね」と殊勝な顔で謝るけれど、しばらく経つとすっかり忘れて、次の「働かなくても暮らせる方法」に飛びついて、目をキランと輝かせるのだった。

 今回は、寿命シャンプーですか。どうして、怪しいと気づかないのだろう? 不思議でしょうがない。なんでも、『頭皮から遺伝子に働きかけて、寿命が延びるシャンプー』を、協力して売るビジネスらしい。テロメアがどうとか言い出した。仕事帰りに寄った説明会で紹介された、と、早口で説明された。

「シャンプーなんか、アツキヨで買えばいいでしょ」
「いやいや。寿命シャンプーは、汎銀河特許で守られた逸品らしくてさ。他社がマネしたくても、できないんだってさ」

「あのさ。嘘っぱちだって、どうして気づかないの?」
 聞くだけで、怪しいと思うんだけど。この言い方が良くなかったみたいで、キヨくんの「屁理屈スイッチ」がオンになってしまった。

「あーさん? あのね。真実の確認もせずに、レッテル貼りして決めつけるのは間違いだよ。まずは対象を知り、最小単位に分割して考察し、それから判断することが大事だろう? アリストテレスの時代から、真実は、そうやって解き明かされて来たんだ」
 小難しい話が始まった……。キヨくんの顔が能面になって、口調がお経のようになって、声色からは抑揚が消えた。本人は冷静なつもりなんだろうけど。キヨくんがこうなると、何を言っても、自称「理知的思考」とやらで言い負かそうとしてくる。面倒でしょうがない。

「でもさ、絶対危ないってば。家にあるシャンプーで十分じゃないの?」
 シャンプーはいつも私が選んでいて、しっとり系を愛用していた。キヨくんにはこだわりはなく、私と同じのを使っていた。

「髪が健康になるだけじゃなくてさ。なんと、若返るんだよ? 髪じゃなくて、体そのものが。テロメアを補修することによって。人生の実質可処分時間も増えるし。この世で一番大事なのは、時間でしょ?」

「違うよ。値段だよ。一体、いくらするの? そのシャンプー」
 そう聞いたら、キヨくんは信じられないことを言い出した。

「ええっと、値段は言ってなかったなぁ」
 怪しい! 後ろ暗い所が無いなら、普通は値段を言ってくるはずだ。

「とにかく! 画期的な技術が使われているらしいからさ」
 そう言ってキヨくんはまた、ノートパソコンに向かおうとした。

「待って! とにかく駄目だよ? 手を引いて。お願いだから」
 そう詰め寄ったんだけど、キヨくんからは、にべない返事が返ってきた。

「憶見(ドクサ)でものを言っちゃいけないなぁ。家政術(オイコノミケー)の判断は僕が担当だよ」
 小難しい言葉を並べれば、私が納得するとでも思っているんだろうか?

「もう知らない。勝手にすればいいでしょ」
 私は洋室から出た。キッチンでグラスの白ワインを一気に飲み干して流しに置き、寝室に移動し、お布団に入った。お酒が染みたのか、お腹のあたりがムカムカとして、寝付くまでずっと、天井の木目を眺めていた。

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