帰る人
明日、一人の友達が実家に帰ります。
僕と同い年で、僕と同じ演劇をやりたくて上京してきた彼女は今日家を引き払い、明日夜行バスで地元に帰ります。
最初はヨメの先輩として出会ったその友達は、すぐ近所に住んでいた頃もあり、しょっちゅう酒を持ってきてはみんなで飲みました。
僕と彼女も人見知りだったんだけど同い年で演劇好きという事もありすぐに仲良くなりました。
食べることが大好きな彼女は、産地直送の生きたイカを取り寄せてうちでさばいてくれたり、みんなで粉からうどんを打とうと言い出しみんなでうどんを必死でこねたりしました。
彼女は演劇を諦めたあとも、形を変えてエンタメ業界に携わっていました。そして更なるスキルアップを目指して会社を辞め、とあるエンタメ立ち上げの中枢に携わる立場へとなりました。
その為ご近所さんではなくなった彼女でしたが、定期的に戻ってきてはヨメと僕とで飲みながら色々話したりしていました。
膨大な業務を任された彼女はとてもしんどそうだけど、いつもどこか楽しそうでした。
僕とヨメはその彼女が持ってくる近況話が面白くてゲラゲラ笑いながら聞いてました。
そしてすぐコロナがやってきました。
僕も大きく影響を受けてドタバタしていたこともあって、彼女との連絡も途絶えていました。
そんな彼女から久々に来た連絡で彼女は仕事を辞める事、実家に帰ることを軽いトーンで笑いながら僕達に告げました。
その前に飲もうと共通の友達何人かが集まり飲んだ時も彼女は笑いながら飲んでました。
けどあんなに食べる事が好きだった彼女は箸を手に取ることもしませんでした。
「全然たべられへんねん」
彼女は笑いながら言いました。
エンタメの中枢でコロナと戦ってきた彼女はボロボロになってました。ボロボロのまま笑いながらタバコを吸ってました。
「コロナでもう疲れ切ってん」
そう言う彼女に僕はどう返事していいか分からず変な笑顔を作ってました。
彼女は明日、実家へ帰ります。
沢山の人を笑顔にした彼女は東京を離れます。
コロナがなければと何度も思ったりするけど彼女の新しい突拍子もない夢を聞いて、まだまだ僕らは大丈夫とこぶしをぎゅっとにぎったりしてみたりします。
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