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お義父さん、それだけは堪忍して

「佐友里さん、ゆうべはずいぶん、ハッスルしたようやの」

 くそじじいが。

 わたしは舌打ちした。

 だーかーらー、舅と同居なんてイヤだったんだ。
 だいたいからして、このじいさんがど助平であることは知ってた。

「うるせえよ、くそじじい」

 あたしはテレビ画面から目を離さずに寝転がったまま、戸口のところに立っている義父のことを振り返りもしなかった。

「佐友里さん、いつも大変やろ。なんせ、儂が毎晩聞き耳立てとるさかいにな。声を殺してアレすんのに、往生しとるんやろが」

「あんたに聞かれたからって、どーってことないって」

 いつから義父に敬語を使わなくなったんだろうか。

 ってか、わたしも義父と同居して3年、すっかり強くなった。

 最初はこんなふうにエロいことを言ってくるじじいに、本気で悩まされた。

 ダンナに相談しても、『もうボケてるんだから』というだけで取り合ってくれなかった。

 実際、あんまりにも破廉恥なことばっかり言われるので泣いてしまったこともあった。

 今となってはアホらしい限りだけど。

「それでも聞こえてきよるで。儂は耳のほうは、まだしっかりしとるしな。あんたの……そのなんちゅうかな……押し殺したような、我慢するような声が聞こえてきよるんや。それがまたよろしいの~……」

「変態じじい。ホザいとけ。どうせ勃ちもしないくせに」

「儂に聞かれるのが、恥ずかしいんやろ。そうやろ?」

「そんなに聞きたいのかよ。年金でエロDVDでも借りてきたら? ……借りてきてあげよっか?」

「いやいや、儂は、自分の部屋で、あんたの、押し殺したような声を聞くのが好きなんや……昨日も……あんたの声を聞きもって、この歳になってみっともない話やけど、一発せんずりぶっこいてしもうたわ」

「てめえ……じじい……」

 あたしは半身を起こして、じじいに向き直った。

「まさかとは思うけど、布団とか汚したんじゃねーーーだろーーーな?!」

「そないに怖い顔せんと……たまには儂にも、アキヒコに見せるみたいな、悩ましいアヘアへ顔を見せてえな」

「てめえ、勃つのかよ!!! 勃たねえだろ!!!」

「もうビンビンやで。アキヒコとあんたが毎晩のように、やらしい声を聞かせてくらはるさかいな。今もあんたのその怒ってる顔を見ながら、その顔がアノときはどんな風に歪むんか、イくときはどんな甘え声を出すんか、それ想像しただけでビンビンになってくるがな」

「ビンビン、ビンビン、って、口で言ってるだけだろーが!!!」

「あんた、昨日の晩は何回イったんや?……儂の聞いた限りでは、3回はイった見たけど、どないや?」

「関係ないでしょ。ってか、マジで、そんなこと聞いてどーすんの?」

「ええやないか。年寄りの他愛のない戯言やないか。聞き流しといてくれたらええんや」

 「聞き流してるけど、あんたしつこいじゃん!!!!」

 ああ、またじじい……義父のペースだ。

 何なんだ。このくそじじいは。

 性欲がしっかりしてるうちは人間ボケないっていうけどさ。
 それにしても、このじじいは性欲だけでこの世と繋がってるような気がする。

「ほんまはあんた、毎晩思いっきり声だして喘ぎまくりたいんとちゃうんか? ……儂だけやのうて、ご近所さんにも気い使うとんねやろ。こんな安普請の家しか買われへん甲斐性なしのダンナで、ほんまに気の毒な話やの」

「その甲斐性なしのダンナはあんたの息子なんですけど」

「あいつはどないな格好であんたを責めよるんや?・・・あいつ、頭悪いさかいな。あんまりあんた、変わった格好で責められたことないやろ」

「何百ぺんおんなじこと聞いとんねん」

 わたしにも、義父の関西弁が伝染ってしまった。

「アキヒコのこっちゃから、チュッチュッっておっぱい舐めて、手でクチュクチュっていじって、正上位でパンパンパン、っちゅう感じやろ? ……それでもあんた、あんなええ声で泣いたはるとこ見ると、なんや、よっぽどあんた自身がどすけべえなんやな。感じやすいんか?」

「あんたの残り少ない人生とは関係ないことです」

「それともアレは、演技か?……演技やったら、なかなかのもんやな。あいつはアホの癖に助兵衛やさかいな。回数だけはこなしとるみたいやけど、そのたびにあんた、迫真の演技をせなあかんから、大変やの。おかげで聞かされてるだけのこっちのほうが、ビンビンになったあれの行き場がのうて、生殺しやがな」

「生殺しじゃなくてほんまに殺したろうか」

 ああ、ほんとに殺したい。

「……儂やったら、あんたみたいなボインのピチピチした娘の身体を好きにできるとなったら、ありとあらゆることをして、あんたを楽しませたるけどな……長いこと生きとるさかいに、その分、手練手管のほうは保障しまっせ」

「いっぺんさせたげるけど、その代わり死んでくれる?」

 このやりとりだって……これまでにもう、何回同じことを繰り返したのかわからない。

「あんた、いっつもそうやって怖い顔で怖いこと言いはるけど、ほんまは儂にこんなこと言われるたびに、儂に責められるところ想像しとるんやろ」

「アホも休み休み言ってね」

「ほんまは、『お義父さんとしてみたら、どんな感じなんやろう?』って考えてみるやろ?そうなんやろ?」

「あのね、若いと、そういう余計なこと考えてる暇ないの。わたしら、あんたみたいに暇じゃないの」

「ほんまは、わしのこの、カサカサした手で撫で回されたいんやろ。そやろ。すっぽんぽんに剥かれて、全身をくまなくこの手で撫で回された後は、この舌で……」

 そう言って義父は爬虫類みたいに舌をぴろぴろさせた。

 もはや怒りも何も感じない。

 ただ、すさまじい虚脱感があるだけで。

 怒りを感じるうちはまだよかった。馬鹿にされてると思って、屈辱感を感じるうちはまだましだった。
 いまやわたしは、この哀れな老人が・・・外に出るときは電動歩行器のお世話になるしかないこの老人が、冗談ではなく、本気でわたしとヤリたいと願っていることを知っている。

 この老人は、本気なのだ。

 それを思うと……たとえようもない虚しさがこみ上げてくる。

 このじじいがひたすら愚にもつかないエロ話を並べ立てるのは、『自分がここに存在している』ということを示すための唯一の手段なのだ。

 確かにイラつくし、ムカつくし、うっとおしいことこの上ない。

 でも、このじじいはわたしをからかって楽しんでるのではない。

 本気で、わたしとヤリたがっているのだ。

「アキヒコは、あんたのOメコ、ちゃんと舐めよんのか? ……おとといの晩、あんたが小さい声で『だめ、そんな汚いとこ』言うてたんは、あれ、○メコ舐められとったんか」

「はい、その3文字でたから、お昼は抜きにします

「かまへん、かまへん。昼飯のいっぺんくらい、抜かしたってどーっちゅう事あらへん……それで、どななんや。アキヒコは、ちゃんと舐めよんのか。あんた、お尻の穴のほうは、舐められたことあるんか。アキヒコは、そんなことようせんやろ……?アキヒコと知り合う前はどうやったんや……え、あんた、学生時分はごっつー遊んどったクチやろ??これまでどれだけの男と、どんなえげつないことしてきたんや?」

「もう、晩御飯も抜く。テレビも取り上げる」

「……かまへんかまへん。儂だけに聞かせえな。アキヒコには言わへんから。それともこの儂の舌で、あんたの○メコなめまわして、吐かせたろか?……『お願いしますお義父さん、言いますからもう挿れてください』って泣きながら言わせたろか?……真昼間から、ご近所中に響くような声で、盛大に泣かせたろかあ??」

 ……死んでほしい。

 わたしはずっと、その後2年間も……こんなやりとりを繰り返しながら、舅の死を願い続けた。

 その甲斐があって、2年後の朝、舅は死んだ。
 その日の朝、いつまでたっても起きてこない舅を起こしに行ったら、舅はすでに冷たくなっていた。

 実際死んでみると……もちろん悲しいなんてことはなく、せいせいとしたという感じもなく、正直言って、言葉にできるような実感は何もわいてこなかった。

 119番を呼ぶべきなんだとは分かっていたけれど、ちょっとだけ冷たくなった義父の頬に触れてみた。

 今にも目を覚まして、エロ話の続きを始めそうな気がした。

 お葬式が終わって、すべてが片付いた晩、わたはダンナに必要以上に甘えて、いつも以上にエロく迫ってみた。

 喪服を着たままだったので、ダンナは超興奮してい啼いた。

 「……おい、ちょっと……聞こえるよ」

 わたしがあんまり大きな声であえぐもので、ダンナがあわててわたしの口を塞いだ。 
 その手を払いのけると、もっとエロい表情を作って、ダンナに言ってみた。

「…………誰も聞いてないよ…………いいじゃん、聞かれても」

 その後、なんだかさらに興奮に火をつけられたらしいダンナは、遠慮せずにわたしを責めまくった。

 わたしは地獄にまで聞こえるよう、大きな声で啼き続けた。

【完】

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