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その人よりも「作品」のほうがはるかにはるかに大きい存在になるっていうクリエイターにとっての一番のカッコ良さ

普段、著名な方の訃報に接した際には一人で粛々と物思いにふけるタイプで、あまり(というかまったく)SNS等の場でそのことに触れたりしないタイプです。

それこそ昨年なんかは相次いで尊敬するレジェンドミュージシャンの訃報が嘘みたいに続いて、中には自分が青春時代に大熱狂した人たちなんかもいて、それはとても哀しいし寂しいけどもなんとなくわざわざ人前で言うことでもないっていうのが自分の中にあるので、やはりいつだって自分の中だけで思いを馳せているわけで。

それは今までもそうですしこれからもずっと変わらない僕のナチュラルなスタンスです(あくまで個人的な)。

ですが『鳥山明』に関してはちょっと話が変わってきます。
ちょっと今までの方とは意味合いが全然違うので。

今日その訃報を知った時にずっと同じ感情がグルグルしているのでちゃんとアウトプットしておきたいのと、そもそも最初に書いておきますと「ご冥福を…」とか「まだまだこれからの活躍を…」みたいな話でもなかったりします。

そんなことを思っていないというわけでは当然なくて、そういう気持ちに関しては今まで同様自分の中で思っておけばいいっていうスタンスは変わらないので。

今回こうやって書いてるのは故人を偲ぶ的なことを書くっていう意味合いとではなく、鳥山明という方が亡くなったという事実を知って改めて感じた「自分の存在よりも"作品"という存在で人を魅了し続けたカッコ良さ」的な部分。

「鳥山明が死んだらこんな気持ちになるのか。すごいな。カッコいいな」って率直に思って、改めて抱いた尊敬と感謝の気持ちと、それに伴って自分も頑張らねばっていう気合いも含めて。

「作品で魅了し続ける」という点では、前述したミュージシャンだったりも「曲」という作品でファンを魅了し続けるわけですが、やっぱり作品はどこかフィルター的な要素もあって結局はその先に居る「人」に魅了されるのだと思います(一般的に)。

まあセットと言いますか。

それに比べて漫画やアニメっていうのはそこは必ずしもセットじゃなくて、その作品の向こうにいる作者・クリエイターの存在を作品そのものが悠々と超えるっていうことはやっぱりあると思います。


現在41歳(今年で42歳)になる僕は『ドラゴンボール』を一番最初からリアルタイムで見続けたドストライク世代の最後かと思います。
(もちろんファミコンドラクエ世代でもある)

40代の方(主に男子)なら本当に分かっていただけるかと思いますが(そして分からない人にはマジで意味のわからないしんどい時間が続くと思いますが)、あの頃我々はみんな「かめはめ波」が打てたんです。

休み時間になったら「かめはめ波」で友達をふっ飛ばしまくっていたんです。

僕は「気円斬」もよく使っていたんですが、気円斬はあんまり効きませんでした。よく跳ね返されました。

そしてドッヂボールの時間になるとたまに「界王拳」を使い出すやつが居ました。しかも「界王拳20倍!」ときたもんだ。

だからこちらは「界王拳50倍!」で対抗しました。
すると向こうは「界王拳100倍!」を繰り出してきます。

そんなやつからのボールは当たるしかなくて「それは卑怯だ!」と憤りながらも「界王拳100倍を出されたら仕方ない」と観念していました。

体育の時間に50メートル走をやる時なんかは必ず「太陽拳」を使ってくるやつが居ました。太陽拳を使ったやつが勝ちになるのは明白なので、僕らの中で「屋外の体育の日に太陽拳を使うのは禁止」というルールができました。

あの頃、僕らはみんな心の底から孫悟空でした。

好きなキャラとか好きな漫画(アニメ)とかじゃない。
みんな悟空として生きていました。

ピッコロ大魔王が初めて出てきた時に震え上がりました。
ベジータがやってきた時に心の底から恐怖を感じました。

そしてフリーザにみんなが絶望しました。
もうこの世の終わりレベルで絶望しました。

気付けばスーパーサイヤ人になれました。

当然、年月と共に教室でのバトルも白熱していきます。
(なんせスーパーサイヤ人になれるんだから)

なぜだか知らないけどみんな悟空が描けました。
下敷きにマジックで描いたり、ノートのありとあらゆるスペースに描いたり、机に描いたり。

悟空を特に上手く描けるやつはヒーローでした。

あの頃「ドラゴンボール」のおかげで生まれたコミュニケーションが無数にあります。

あの頃「ドラゴンボール」のおかげで出来た友達がたくさん居ます。

成長していくにつれていつからか「かめはめ波」も打たなくなって、スーパーサイヤ人にもならなくなったけど、どれだけ時間が経っても(そして今でも)同世代(主に男子)の雑談の中で「ドラゴンボールはどのあたりが一番好き?」って話題で盛り上がります。

もう何回も何回もその話をしてるのに、未だに盛り上がるし白熱します。


今ここまで書いたこと。
これら全てが「鳥山明が死んだ」っていう事実を知った時に一気にやってきた感情です。

僕はドラゴンボールGTくらいからすっかり遠ざかっていて、鳥山先生のその後の新作だったり続編だったりに対してはけっこう疎くて(大変申し訳ないのですが)、例えばリアルタイムでずっと応援を続けていたり新作を楽しみにし続けていて「鳥山明ファン!」「鳥山明推し!」と堂々と公言できるような熱量だったらば、とっても悲しかったり寂しかったり辛かったりっていう感情がドッと襲ってくるんだとは思うのですが、そこまでの熱量でもないので驚きと粛々としたお悔やみの気持ちを抱くという感じではあるんですが。

ただ、それ以上に「感謝」みたいな気持ちが99.9%くらいを占めていて、先ほどまで分かる人にしか分からないことを延々と書かせてもらいましたが、本当にドラゴンボールという作品がなかったら全然違う日々になってたと思いますし、間違いなくあの頃はみんな悟空と共に生きたし、みんな悟空だった。

あの時間は全て「ドラゴンボール」という作品からいただいたもの。

それを作ってくださった、要は親である鳥山明先生には哀しいとか寂しいっていう気持ちよりも、ただただ有難うございますっていう気持ち。

あの人の作品のおかげで僕らは実にキラキラした少年時代を過ごせたんだなっていうこの気持ちは、お亡くなりになったことで初めて湧いてきた感謝の気持ちです。

で「そんな作品残す人ってたまらなくかっけえなあああ!」っていう嫉妬にも近い感情も同時に。

っていう感情がずっとグルグルし続けて全然一過性じゃなかったのでこうやって書き残しておきました。

本当に読む人を選ぶ内容になってしまいましたが「作品こそ至高なんだ」と改めて思えたというところだけでも伝わってくれれば幸いです。


※余談ですが僕はカリン塔・レッドリボン軍・初期の天下一武道会あたりがなんだかんだで一番ワクワクした記憶です。


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