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串刺し凡例:辞書の紙面ルールまとめ

辞書にはそれぞれ紙面づくりのルールがあるわけですが、たくさんの辞書を併用していると、何が何だかわからなくなってきます。そこで国語辞書などの紙面の表示ルールをまとめてみることにしました。

テーマは「表記欄」および「アクセント」です。

対象は「辞書 by 物書堂」および「DONGRI」で使える以下の13辞書です。

比較用画像の左側:「辞書 by 物書堂」から
 〈岩国〉
=〈岩波国語辞典 第8版〉(2019)
 〈明鏡〉=〈明鏡国語辞典 第3版〉(2020)
 〈三国〉=〈三省堂国語辞典 第8版〉(2022)
 〈新明国〉=〈新明解国語辞典 第8版〉(2020)
 〈大辞林〉=〈大辞林 第4版〉(2019)
〈精選日国〉=〈精選版 日本国語大辞典〉(2006))
 〈大辞泉〉=〈デジタル大辞泉〉(随時更新)
 〈使える用字用語〉=〈使える! 用字用語辞典〉(2020)
 〈NHKアク〉=〈NHK 日本語発音アクセント新辞典〉(2016)

比較用画像の右側:「DONGRI」から
 〈新選国〉=〈新選国語辞典 第10版〉(2022)
 〈旺国〉=〈旺文社国語辞典 第11版〉(2013)
 〈現国例〉
=〈現代国語例解辞典 第5版〉(2016)
 〈例解学国〉=〈例解学習国語辞典 第11版〉(2019)


📌複数のプラットフォームで使える辞書もありますが、紙面のルールはプラットフォームにかかわらず(または、紙かデジタルかにかかわらず)大きく変わらないはずです。
 比較用画像の作成に当たり、各テーマと関係のない部分は削除・省略するか、色を薄くしました。


🖋表記欄の表示

漢字表記に関する情報の示し方は辞書により各種各様です。
なお、ここでは常用漢字表や熟字訓などの話題に集中しています。また、それらの概要を既に理解している人を対象にしています。

📌〈精選日国〉は、常用漢字表に関する情報は一切示しません。そのため、下記では説明を省略します。


表外漢字

常用漢字表(2010)にない漢字は次のように扱われます。
例として「愕」を取り上げます。

各辞書の「愕然」の表記欄の表示

× ──〈岩国〉〈三国〉〈大辞泉〉〈新選国〉〈例解学国〉
▼ ──〈明鏡〉〈大辞林〉〈現国例〉
 ──〈使える用字用語〉
△ ──〈旺国〉
〈 OR 〈##〉 ──〈新明国〉
《× #》 ──〈NHKアク〉

 〈新明国〉は、表外漢字が1文字なら「〈愕」のように前(上)だけに「〈」を置くが、2文字以上なら「〈逍遥〉」のように括る形になる。
 〈NHKアク〉は、〈NHK漢字表記辞典〉〈NHKことばのハンドブック第2版〉に従いNHK基準では放送で使わない漢字・表記を《 》で括り「×」で示す。ただし、表外漢字か、表外音訓かなどの別は明示しない。

 ちなみに、〈三国〉〈新明国〉の「然」が緑色なのは、いわゆる学習漢字であることを示す。
 〈三国〉は、赤い( )で独自の判断による「仮名書きにして(も)よい」字を示す。「×愕然」なら「愕然」とも「がくぜん」とも書けるという意味。
 〈新選国〉は、独自の判断で「標準的な書き表し方」と「慣用的な書き表し方」を区別し、【 】で標準的な表記を、[ ]で慣用的な表記を示す。
 〈例解学国〉は、【 】で学習漢字を用いた表記を、[ ]で独自の判断による「世間でよく目にする漢字表記」を示す。また〈例解学国〉は、学習漢字の小学校における学習年次を、右側に数字で示す。


表外音訓

常用漢字だが常用漢字表(2010)にない音訓は次のように扱われます。
例として「宜(よろ)しい」を取り上げます。

各辞書の「宜しい」の表記欄の表示

△ ──〈岩国〉〈三国〉
▽ ──〈明鏡〉〈大辞林〉〈大辞泉〉〈現国例〉
◇ ──〈使える用字用語〉〈旺国〉
▲ ──〈新選国〉
▼ ──〈例解学国〉
《 OR 《##》 ──〈新明国〉
《× #》 ──〈NHKアク〉

 〈新明国〉は、表外漢字が1文字なら前(上)だけに「《」を置くが、2文字以上なら括る形になる。
 〈NHKアク〉は、NHKの放送で使わない漢字・表記を《 》で括り「×」で示す。ただし、表外漢字か、表外音訓かなどの別は明示しない。

 ちなみに、〈精選日国〉は表記欄で「送り仮名はすべて省略」する規則であるため、表記欄は「宜」1文字となる。
 〈現国例〉は、独自の判断で「標準表記」と「慣用表記」を区別し、( )で慣用表記を示す。「▽宜しい」なら仮名書きの「よろしい」が標準表記で、漢字交じりの「宜しい」が慣用表記だという意味。〈三国〉の赤い( )と同様のしるしだと考えてよい。


熟字訓

常用漢字表(2010)にない熟字訓は次のように扱われます。
例として「独活(ウド)」を取り上げます。

各辞書の「独活」の表記欄の表示

〈##〉 ──〈岩国〉〈明鏡〉〈大辞林〉
:## ──〈三国〉
{##} ──〈新明国〉
#=# ──〈大辞泉〉
×## ──〈旺国〉
●#-# ──〈現国例〉
下線 OR 熟字訓に関する表示なし(ここでは後者) ──〈使える用字用語〉
熟字訓に関する表示なし ──〈新選国〉〈例解学国〉〈NHKアク〉

 〈三国〉は、当て字・熟字訓・外来語の漢字表記の前(上)に「:」を置いて示す。当て字・熟字訓のまとまりとそれ以外を「=」で区切る。熟字訓「蕎麦」を含んだ熟語「蕎麦殻」なら、「(:蕎麦=殻)」になる。
 〈旺国〉は、〈三国〉と同様に、前に「×」を置き、「-」で区切る。「蕎麦殻」は「×蕎麦-殻」になる。
 〈大辞泉〉は、熟字訓のまとまりを「=」でつなぐ。「不如帰(ホトトギス)」なら「不=如=帰」になる。
 〈現国例〉は、前に「●」を置き、〈大辞泉〉と同様に「-」でつなぐ。「不如帰(ホトトギス)」は「●不-如-帰」になる。
 〈使える用字用語〉は、熟字訓に下線を引くが、上記「独活」のように表示しないことがある。したがって、実務上、〈使える用字用語〉によってモノルビとグループルビのいずれを付与するか判断できない場合がある。
 〈新選国〉〈例解学国〉は、熟字訓を示すための表示はなく、表外音訓であることだけを示す。〈NHKアク〉も同様に、熟字訓を示すための表示はない。


「付表」にある熟字訓

熟字訓のうち、常用漢字表(2010)の付表にあるものは次のように扱われます。
例として「今日(きょう)」を取り上げます。

各辞書の「今日(きょう)」の表記欄の表示

《##》 ──〈岩国〉〈明鏡〉〈大辞林〉
#-# ──〈大辞泉〉〈現国例〉
下線を引いて、○付## ──〈使える用字用語〉
熟字訓に関する表示なし ──〈三国〉〈新明国〉〈NHKアク〉〈新選国〉〈旺国〉〈例解学国〉

 〈大辞泉〉〈現国例〉は、付表にある熟字訓のまとまりを「-」でつなぐ。「五月雨(さみだれ)」なら「五-月-雨」になる。
 〈三国〉〈NHKアク〉〈新選国〉〈旺国〉〈例解学国〉は、付表にある熟字訓を表内音訓と同列に扱うため、特別な表示はしない。
 〈新明国〉は、付表にない熟字訓の場合と表記欄は変わらないが、語釈の末尾に「[表記]→付表」と記す。また、付表にある語でも、字と訓が一対一で対応すると認める場合は、一字ごとに表示を付ける。例えば「凸凹(でこぼこ)」は「《凸《凹」、「友達」は「友《達」になる。


その他のケース

 〈使える用字用語〉では、2010年の常用漢字表改定で追加された字や音訓に「☆」「★」を付ける。詳しくは凡例を参照されたいが、要するに星マークが付いていたなら常用漢字表(2010)にあるという意味。
 また〈使える用字用語〉では、国語審議会報告「同音の漢字による書きかえ」(1956)で書き換えられた表記に「◎」を付ける。「◎希薄[◆稀薄]」なら、[ ]で括った「稀薄」がもともとの表記で、「希」の字に代えた「希薄」が同報告による新表記。

 〈例解学国〉では、学習漢字でない常用漢字に「▽」を付ける。小学校で教わらない読みをする学習漢字には「*」を付ける。



🗣アクセントの表示

発音するときの音の高低を示す国語辞書は少なくありません(いまいち知られてない気がしますが……)。その示し方もまた一様ではありません。

📌アクセントについて、大概の辞書は「共通語」のアクセントを示すとしています。各辞書の細かいスタンスは凡例を参照してください。
 〈明鏡〉〈岩国〉〈精選日国〉〈旺国〉〈現国例〉は、アクセントに関する情報をほとんど(または全く)示しません。そのため、下記では説明を省略します。
 また、以下に取り上げる各辞書が、採録する項目すべてにアクセントを示すとは限りません。例えば、〈大辞泉〉(総項目数30万以上)は、約8万語にアクセントを示すと凡例で明記します。〈使える用字用語〉(総項目数1万4000余り)は、577項目でのみアクセントを示します。なお、〈NHKアク〉は当然ながら全項目にアクセントの表示があります。


頭高の語

例として「従事」を取り上げます。

各辞書の「従事」のアクセントの表示

〈三国〉── 見出しで、音の下がり目に「┓」を付ける。
〈新明国〉〈大辞林〉── 先頭から数えた下がり目の拍を数字で示す。
〈大辞泉〉── 下がり目を「↓」で示す。
〈使える用字用語〉── 高い音のところに上線「━」、下がり目に「┓」を付ける。
〈NHKアク〉── 下がり目を「\」で示す。
〈新選国〉── 下がり目の仮名を示す。
〈例解学国〉── 高い音のところを太字で示す。

 再生ボタンのある〈新明国〉〈大辞泉〉〈NHKアク〉は、ボタンを押すと音声を再生する。いずれも人間の声を収録したもの。


尾高の語

例として「橋」を取り上げます。

各辞書の「橋(はし)」のアクセントの表示

原則として頭高のときと同じで、以下の点が異なる。
〈大辞泉〉
── 助詞「が」を後ろに付けて示す。
〈NHKアク〉── 「橋」単独に加え、助詞「を」を後ろに付けたパターンを示す。
〈例解学国〉── 高い音のところを太字で示すのに加え、下がり目を「┓」で示す。

 〈使える用字用語〉は、「箸・端・橋」を一項目にまとめるが、「橋」のみ切り出した。

 ちなみに、〈大辞泉〉は「橋。橋が」と助詞なし・あり2パターンの音声を収録する。
 〈大辞泉〉は「~ばし」と複合名詞化したアクセントを示すが、〈NHKアク〉も別項目で掲載している。検索モードを「複合名詞」に切り替えると、「~ばし【橋】」が立項されている。


平板の語

例として「端」を取り上げます。

各辞書の「端(はし)」のアクセントの表示

〈三国〉── 見出しで、語の終わりに短い傍線「━」を付ける。
〈新明国〉〈大辞林〉〈新選国〉── 数字「0」で示す。
〈大辞泉〉── 記号「○」で示す。
〈使える用字用語〉── 高い音のところに上線「━」を付け、下がり目「┓」がない。
〈NHKアク〉── 語の終わりに上線「━」を付ける。助詞「を」を後ろに付けたパターンも示す。
〈例解学国〉── 高い音のところを太字で示し、下がり目「┓」がない。

 〈使える用字用語〉は、「箸・端・橋」を一項目にまとめるが、「端」のみ切り出した。

 〈NHKアク〉は、「はじ」を「はし」の項目にまとめている。国語辞書の類は「はじ」を別語形とみなすので、別に立項している。


その他のケース

 〈NHKアク〉では、母音が無声化する音を、点線の○で囲んで示す。
 また、副詞的な用法の場合にアクセントが平板化などに変化するものは、☆印で示す。



以上です。


表記欄に関する所感(愚痴)

各辞書によって出自も違えば載せたい情報も異なるのだから、表記欄のルールが統一されていないのは当然と言えば当然ですが、ここまでやり方が混迷を極めていると、もうちょっと何とか……という気もします。

不統一はやむを得ないにせよ、そもそも、表記欄の中、文字と文字の合間に、カッコとか記号とかルールを知らなければ意味不明な別の「文字」を入れて漢字のメタ情報を示す、というやり方が根本的にわかりにくく、見にくく、不透明で、不親切です。表記欄というのは「表記する字」を伝える枠であり、「表記する字」以外の視覚的情報を同居させることは、本来、厳に慎むべきと言わねばなりません。(「かいざん」の表記を知りたいユーザが「改×竄」という「表記情報」を見たとき、その意味するところが実は「改竄」であり「×」は抜いて構わないのだと、どうしてわかる?)
どの辞書もデジタルで組版しているだろうに、なぜ活字時代の慣習を引きずったままなのか。なぜこんなごちゃついた表記欄で平然としていられるのか。辞書の読者の使いやすさは考えてくれないのでしょうか。もっともその点、〈使える用字用語〉や〈例解学国〉のように脇に付いているタイプはよく工夫されています。

更新履歴
2023/8/25 「物書堂の日本語辞書における表記欄の情報」のタイトルで記事公開
2023/9/1 DONGRIとアクセントに関する部分を追加し、全面改訂のうえ改題

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