『悩み別にみる 辞書の選び方』補遺
『悩み別にみる 辞書の選び方』を刊行して早5年あまりが経ちました。幸か不幸か、『選び方』の内容は2024年の今もおおむね通用しそうです。同時に、いくつかの辞書は改訂され、強力な辞書やツールの登場もありました。
この「補遺」は、『選び方』から現在までの差分を手当てするものです。それでは『選び方』のページ順に見ていきましょう。
表記
p.4~5〈現代国語例解辞典〉 改訂版などはなく、変更はありません。(以下、同様の場合は「変更なし」とのみ記載)
p.6〈三省堂国語辞典〉 2022年に第8版が刊行されました。『選び方』で紹介したなかで重要な違いとしては、【効く】の語釈が次のようになっています(強調引用者)。
〔時間とともに〕〈はたらき/効果〉があらわれる。「薬が―・暖房だんぼう が―〔『利く』とも書く〕・宣伝が―」
「暖房」は「効く」「利く」いずれも書くと新たに用例で明記されました。7版を見て「「利」「効」の両用が可能な状況に対応できない」と評したところですが、更新されています。
p.7〈記者ハンドブック〉 2022年に改訂され、第14版が出ました。
ほか、三省堂から〈使える! 用字用語辞典〉が2020年に刊行。同書は「辞書 by 物書堂」アプリ(後述)でも使用できて便利です。
使い分け
p. 10〈日本語新辞典〉 改訂などもされないまますっかり入手困難になり、Amazonでもプレミアが付いてしまっています。読みでのあるいい辞書なのに布教しにくい……。
p. 11〈使い方の分かる 類語例解辞典〉 変更なし。なお、オンラインDB「ジャパンナレッジ」にも搭載されました。
p. 12〈表現類語辞典 新装版〉 変更なし。
これ以外に、2017年から展開しはじめた学研〈ことば選び辞典〉シリーズは13冊を数えるまでに成長。向こうを張って(?)三省堂は2022年に〈ことば探し辞典〉シリーズを発刊し、現在6冊に至ります。既存辞書の縮約にとどまらないものもあるようで、今後も特化型のポケット表現辞書のゆくえが注目されます。
語彙力
p. 14~16〈講談社類語辞典〉〈文章表現のための 類語類句辞典〉〈明鏡 ことわざ成句使い方辞典〉 変更なし。
p. 18~19 〈現代語古語類語辞典〉 変更なし。
p. 20~21 デジタル辞書の高度な検索 辞書アプリは2019年を境に、単発コンテンツをばらばらに用いるのではなく、統合型アプリに複数の辞書をまとめる方式が主流となりました。ロゴヴィスタは「LogoVista電子辞典閲覧用統合ブラウザ」アプリ、物書堂は「辞書 by 物書堂」アプリをまずインストールし、アプリ内のストアで各辞書に課金する形です。統合されて串刺し検索などがしやすくなりました。
全文検索機能を擁するロゴヴィスタのアプリは、国語辞書のラインナップに〈大辞林〉〈三省堂国語辞典〉が加わりました。物書堂もiPadとMacに対応し、使い方の幅が劇的に向上。買った辞書コンテンツを他の家族と共用するファミリー共有もあります。
辞書アプリの雄「辞書 by 物書堂」については活用ガイドをnoteで多数公開中です。ぜひご覧ください。
結びつき
p. 24~25 〈てにをは辞典〉 変更なし。
p. 26~27 日本語の実例にあたれる資料 状況に一大変化が訪れました。2022年末、国立国会図書館(NDL)の「国立国会図書館デジタルコレクション」が増強され、数百万単位のデジタル化された図書を自宅から全文検索・閲覧可能に。検索すれば文脈つきで実例を確認でき、気になることばの使い方……だけでなくあらゆる調べ物を全力で支援してくれます。もうこれがないと生きていけない。NDLの利用登録を済ませておくと、見られる資料の量が大幅に増えます。
同年に公開された「NDL Ngram Viewer」は、指定した文字列の出現頻度を可視化します。「死神」「死に神」はどちらが多いのか?といった疑問をNDLのデジタル化資料から統計的に調査できます。
ほかに、KADOKAWAが運営する電子書籍ストア「BOOK☆WALKER」には用例集としての使い道が。検索メニューに「本文から検索」機能があって、多数の電書を対象に語句の実例が引けてしまいます。
NDLデジタルコレクションのほうは、絶版などの理由で入手困難な図書を閲覧できるサービスです。当然、最近刊行された書籍は見られません。対照的に、BOOK☆WALKERは2010年以降に配信された電書が検索対象となり、古い本は手薄です。使い勝手も大きく異なりますが、両者を相補的に利用するとさまざまなシチュエーションに対応できるでしょう。
日本語の発音を調べるときの辞書
発音のことならアクセント辞典。そうなんですが、実はそれ以外の辞書やウェブサービスも資料になります。ということで、こちらは今回の新規セクションです。
アクセントの専門辞書
説明不要なほどの鉄板辞書ですね。「「現代の公共的な場面での情報伝達の手段として、(蒸留水のように)もっとも無色透明のもの」を選び出す」(付録「解説編」より)という方針のもと、NHKのアナウンサーに大規模な調査を行うなど、非常な手間をかけて編まれています。ピッチの高低だけでなく無声化する母音や鼻濁音などを示すといった細かさは専門辞書ならではです。助詞・助数詞が付いた場合や複合語化した場合についても付録で丁寧にアクセントを掲載して、至れり尽くせり。iOS・Androidのアプリには音声データも付きます(後述)。
ところでアクセント専門辞書にはもうひとつ、〈新明解日本語アクセント辞典〉もあります。採録語彙がNHKと微妙に違うほか、複数あるアクセントの新旧を一部の語で示すなど、こちらも工夫あり。
ふつうの国語辞書のアクセント表示
餅は餅屋とは言いつつ、少なからぬ国語辞書にもアクセントの情報が備わっています。わざわざ専門辞書に手を伸ばさないでも発音を一通り調べられるというわけです。
見せ方は辞書ごとに異なり、ピッチの下がり目となる拍を数字で表す(〈新明解国語辞典〉や〈大辞林〉)、仮名で表す(〈新選国語辞典〉〈集英社国語辞典〉など)、あるいは「┓」記号で表す(〈三省堂国語辞典〉)、「↓」記号で表す(物書堂版〈大辞泉〉)、といったふうです。
特に〈新明解国語辞典〉は、熟語にもアクセントを示したり数詞にも詳しいなど、国語辞書ながら音声方面もあなどりがたい。超コンパクトな冊子体にアクセント情報まで入れる〈デイリーコンサイス国語辞典〉も見逃せません。
辞書アプリの音声
アプリの辞書には、実際に音声データを再生できるものも。まず安定の〈NHK日本語発音アクセント新辞典〉アプリ版。NHKのアナが10万語を吹き込んでおり、いかにもお手本、という放送の話し方が収録されています。
物書堂アプリ版の〈大辞泉〉は約8万項目にアクセント情報と音声データが付与され、とても自然な発声が確認できるのが特色です。声の主は日本語の音声教育を研究・指導する磯村一弘氏。〈大辞泉〉はアプリが複数ありますが、物書堂のものでないと音声情報は入っていないようなので注意。
〈新明解国語辞典〉アプリも音声が聞けます(しかし妙に間延びして、不自然……)。
動画の音声を検索するサービス
YouTubeの字幕データで語句を検索できるウェブサービス「Youglish」は、用例を引くように動画の音声をたどれる優れもの。会話や講演の該当部分だけを連続で再生可能です。ロゴの横の「for English」部分をクリックし、プルダウンメニューから「Japanese」を選べば、日本語音声が探せるモードになります。
ちょっと気になるのが、(自分では契約していないのですが)「バンダイチャンネル」の「セリフ検索(ベータ版)」。「いきまーす」で調べるとガンダムをはじめ数十件が横断的にヒットするなど、面白そうです。
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以上、『選び方』の「補遺」でした。
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悩み別にみる 辞書の選び方 補遺ペーパー
2024年2月25日(コミティア147) 発行
2024年2月26日 修正・編集のうえnote版公開
発行 Lexicography 101
著者 西練馬
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