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薄闇の約束

 長野県伊那市現高遠町、旧長谷村をモデルにした小説を構想しています。
 そのあたりの土地にご縁のある方にお話をお聞かせいただけることができましたら、大変幸いです。
 連絡先:
e.asami0523★gmail.com(★を@に変えてご送信ください)**
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 鬼さんこちら、手のなるほうへ。

  姉妹のようによく遊び、可愛がってくれた母方の従姉は、やはりこれも血。ことに少女時代は、まあ気の強いこと強いこと。
 雨戸の閉てられた子供部屋、明かりはついていない。くらがりの奥、目を真っ赤にして桃色の唇を引き結び、いどむようにこちらを見る。
 ――あたし、こっちにいる。灯ちゃんもおいでよ。
 困って振り向けば、伯母がやれやれと首を振る。
 ――いいのよ、ほっときなさい。
 なにかで叱られ、意地になった。前後の事情は忘れてしまった。
 ただ、すぅっと閉められた襖を隣室から見たその景色だけが、不思議とあざやかに、眼の奥に残った。
 少女は最後のさいごまで、じっとこちらを見て。
 そんなことばかり覚えている。

  近所には図書館がふたつあり、いつも車で連れて行ってもらっていたほうが、すこし規模が大きい。子ども向けの、今ふうに言えばムックというのか、事典と図鑑と雑誌のあいのこのような読み物が充実していた。
 小学生時代のおきにいりは『鬼太郎の天国・地獄入門』。アニメーションの鬼太郎さんとは似て非なる、背すじをぞわぞわと撫でる独特の線に、見いる。人は死ねば、このようなところに行く。生まれながらの怖いものみたがり、薄目で何度もこわい絵を見るうち、おそろしさはゆっくりと、不思議な色あいのあこがれに変わる。
 恐怖の先にうつくしさを見るという感覚は、おそらくあの頃におぼえた。

 妖怪という存在も、最初から身ぢかだった。行きあったことはない。けれど、紙の向こうに立ち現れる彼らは一様になにかを主張することなく、ただ彼ら自身で、好き勝手なことをしていた。その姿にひどく安心したし、仲間だと思った。
 五体満足で産まれたものの、なにかが欠けている気がずっとしていた。
 だから異形を友だちだと思ったのかもしれない。

 年齢が二けたの後半をなぞるようになってから、誰に強制されるでもない字を書くようになった。少ないそれらに共通するのは、たったひとつ。
 これから死ぬひとか、もう死んだひとか、ひとではないものが出てくる。
 以前、THE PRESENTSのベーシスト、Giさんが仰っていた言葉におおきくうなずいた。書かれるものに登場する方が、これから亡くなるか、すでにお亡くなりになっている。わかるわかる、あなたもですか。ご本人には、まだお伝えしていない。
 おたがいに、そういう何かとつながりやすいたちなのだろうと思う。

 そうしてまた時間が経って、つながったものの形にできないひとたちが、徐々にじょじょに溜まっていく。
 たとえば、真夏の一夜だけ咲く、見たら目が潰れる桜の樹。
 最後まで触れられなかったから、忘れられなくなってしまったひと。
 死ぬと躰が花に変わる、隠れ里。
 暮らしや仕事をいいわけにして、それでも逃げきれない理由はひとつ。
 そのどれの中にも、強いかなしみやうらみを抱えたひとたちがいる。
 そのひとたちが、ただじっとこちらを見つめている。
 書けとさえ、彼らは言わない。
 ただ見ている。
 これから死ぬひとも、もう死んだひとも、ひとではないものも。
 それはたぶん受け止めることしかできないのだと、ようやく腹をくくる。
 まずは血の紅に染まる狂い咲きの山桜のはなしに、向き合わなければいけない。

 あれはいつのことだったろう。成人した従姉に、お酒の勢いを借りて問うた。あのとき、なんで怒られたのだったか覚えてる?
 二児の母となり、ずいぶんとふっくらとした従姉は首をかしげ、探すように視線をさまよわせて、
 ――そんなこと、あった? だって、
 引き攣れたようなほほえみで、言葉を区切った。
 そうだね、だって、それじゃあまるで虐待だよね。いくら悪さをしたとはいえ、真っ暗な部屋に年端のいかない子どもひとり残して、閉じ込めるみたいな真似をして。

 でも、じゃあ、あれは誰だったの?

 疑問を言葉にしなかったのは、おばけばなしを好むのは、親族の中で自分だけだとすっかりわかっていたから。
 ふつうのひとは、この先に踏み込むことを望まない。
 記憶の中では、まごうことない従姉の貌の、小柄な彼女。 
 

 鬼さんこちら。
 あのこはだあれ。

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