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あるマーダーミステリーについてのレビュー:緻密にゲーム体験が設計され、独特な没入感を持つ傑作

『あるマーダーミステリーについて』は推理を重視した作品でありながら、ユニークな手法で深い没入感まで実現されており、計算され尽くした濃縮な体験を短いプレイ時間の中でぎゅっと味わえる傑作です。
事前の注意事項にある通り感動する要素は一切なく、ロールプレイやエモさを楽しみたい方には向いていませんが、マダミスらしい「別のリアル」を体験できます。

一般的にマダミスの没入感は世界観や人物造詣の作り込みによって高められます。
登場人物にリアリティを持たせることで、俯瞰的なプレイヤーの視点をキャラクターの目線まで引きずり込み、登場人物となるべく一体化させることで、作品世界のナラティブや登場人物の人生を疑似体験できます。
これによって現実とはまったく異なる世界観やナラティブさえ体験できますが、時間や情報が限られているため、登場人物の視点に近づくことはあっても重なり合うことはまれです。
本作ではこのような手法とは異なるポストモダンな切り口で登場人物との視点の重ね合わせにアプローチし、それに成功しています。
そのおかげで通常のマダミスでは体感できない没入感、現実と位相がずれたような「別のリアル」を感じることができます。
ほかにも同様のアプローチを採るマダミス作品はありますが、本作が最も世界観とマッチしています。

没入感は『あるマーダーミステリーについて』を特徴づける要素ではありますが、プレイの中心となるのは犯人探しの推理です。
物量で殴るのではなく、むしろ限られた情報量の中でプレイヤーの思考やひらめきが必要とされます。情報の整理や知識量ではなく、合理的な思考力を駆使することになります。
プレイ時間は長くありませんが頭はつねにフル回転で、プレイ後は心地よい疲労を感じられるでしょう。
脱出ゲームやマインドスポーツ、クイズ、パズルなどでは味わえない推理体験であり、客観ではなくプレイヤーとして主観的に経験できるのはマダミスならではの醍醐味です。

プレイヤーの気づきがサプライズにつながっていて、それが計画的にゲームに組み込まれ、制御されています。
作品の構成がしっかり設計されているため、ゲーム全体でも個々の場面でもプレイヤーが得られる満足度が担保されています。

ただ敢えて言うならば、ゲームの世界観の根幹となるある部分がゲームに活かしきれておらず、オッカムの剃刀に照らし合わせれば不要なエンティティになっています。
都合が良いことは理解できますが、無い方が没入感がありますし、生かすのであればもっと活用した方が作品の満足度は上がるでしょう。

『あるマーダーミステリーについて』は一般的なマダミスからは外れた作品ではありますが、ポストモダンな没入感とプラグマティックな推理が融合したユニークなマダミスであり、エモさやロールプレイよりも推理を楽しみたいという方にはマストプレイと断言できます。

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