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七色の結婚式のレビュー:体験のリッチさを極限まで推し進めたアトラクション

店舗公演のマダミス作品のトレンドの1つとして「体験のリッチ化」があります。パッケージやオンライン、アプリでは体験できない没入感を提供することで、ほかのプラットフォームとの差別化のポイントです。。
『七色の結婚式』は「超没入型マーダーミステリー」と銘打たれている通り、それにフォーカスした作品です。
それだけにリーズナブルな範囲内ではこれ以上望めないほどのリッチさが実現されています。
物語世界への物理的な没入感はほぼ究極であり、アトラクション的なエンタメ体験としてプレイすべき作品です。

マダミスをプラットフォームで分類すると、店舗、パッケージ、オンライン、アプリの4つに分けることができます。
マダミスの面白さの5つの要素は「没入感」、「論理的な推理」、「プレイヤー同士の競合」、「キャラクターのバランス」、「カタルシス」ですが(詳しくは私が好きなマーダーミステリーベスト10という記事を参照)、没入感以外の4つの要素の優劣はプラットフォームによる差があまりありませんし、差をつけることができません。
もちろんそのプラットフォーム上の作品群のクオリティの平均を取れば、プロがコストをかけて制作している店舗公演の平均の質が最も高くなりますが、上位作品だけを比べるとあまり差がありません。
つまり推理や競合、物語の質だけ比べれば、高いお金を払って店舗公演をプレイしなくても、評判が高いパッケージやアプリの作品を家で遊べば十分ということになります。

しかし没入感という面で店舗公演はほかのプラットフォームと圧倒的な差があり、高いお金を払う価値のある作品がいくつもあります。
没入感で重要な要素となるのは非日常感であり、ハレの場を演出できることです。
それを醸成する方法の1つが、空間全体の演出であり、カードではなく実物が証拠品として登場する仕掛けです。この仕掛け自体はほかの店舗公演でも採り入れられていますが、『七色の結婚式』はそれを究極まで推し進めています。

『七色の結婚式』では犯行現場や登場人物たちの部屋が小物にいたるまでそのまま再現されていて、プレイヤーたちは実際に自分の足で現場を捜索します。
たとえば飲み差しのグラスや家具の小さなキズが手がかりになる可能性があり、それを捜査によって見つけていきます。
小物に文字列が書かれていてスマホに入力すると追加の情報が得られるといったギミックすら無く、プレイヤーが部屋を捜索して見つけたコト、モノだけが推理の手がかりです。
スマホで追加情報が得られる、カードとして情報が提示されるというのはメタ的な仕組みです。プレイヤーへ効率的に情報を提供できる一方、プレイヤーに見えているものとキャラクターに見えているものにギャップが生じ、没入の乖離が発生します。
一方で本作のようにプレイヤーが入手した情報イコールキャラクターが入手した情報であれば、プレイヤーが作品世界から離れることがありません。

登場人物の衣装が用意されていてプレイヤーが扮装するというのも、日常からの脱却の一環です。衣装を着ている間は登場人物になりきるということが、視覚的に表されていますし、なにより期待感が高まります。
ほかにも細かなところでハレの場にいると認識させてくれる演出がいくつかあります。

肝心の犯人探しに関しても店舗公演として及第点に達しています。
むしろ抽象化して情報をプレイヤーへ渡せないという縛りを加味すると、うまく推理のバランスをまとめられています。
もともと上海で公演されていた作品ではあるものの、文章自体に違和感はなく知らなければ中国産のローカライズ作品だと気づきません。

ただ形而下至上主義という中国的な合理主義が作品全体に表れています。
端的にいえば内面的な心情による物語体験が重視されていません。人物設定としては職業や家庭環境、どういった過去なのかが用意されていますが、今回の事件を通してキャラクターが何を感じ、どう行動するのかはあまり見えてきません。
キャラクターたちは平凡な小市民の人生では遭遇することがない大きな事件に直面しますが、それによって人生にどういった影響があったのかが描かれていません。
読み合わせは存在せず、エンディングもかなりあっさりしています。
そのため身体的には物語の世界へ没入しているのですが、心情的には犯人探しゲームをしているという域を出ていません。
形而上でも没入できるようになれば、まさに究極のマダミスになるはずで、その点は残念です。

とはいえ物語世界へ身体的に没入するという観点では空前の体験です。
クラウドファンディングのサポートがあったとはいえ、内装や作中に登場する小道具も質が高く、プレイ料金もほかの店舗公演とさほど変わらない価格帯なので、これで運営していけるのかとプレイする側が心配になるほどです。
テーマパークのアミューズメントのような物理的な楽しさが味わえる作品であり、マダミスの没入感の高みを知るためにおすすめできます。

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