見出し画像


晴れた川縁に
桜並木が
満開に咲き誇るころ

澄んだ水は輝き
緑がねばるように薫り始める
菜の花が黄一面に野を埋める
錆の野良猫がのんびり欠伸する
明るい日差しに
子どもは母親と手を繋いで歩く
明るい幸せの風と光が
道に街に野に訪れている

しかし陽が暮れて
影が濃くなれば
今わの際に在る者たちは
寂しい春の夜風に
誘われてしまう

もう餌を取れず
草むらに倒れていた
老いた獣が立ち上がり
静かな死に場所へ歩き出す

病院の片隅で
死の床にあった子どもが
背を伸ばし座り
意外なほどに元気に
明日の話などを喋りだす

ICUのベッドの上で
機械に囲まれ
幾本ものチューブや
線に繋がれている
意識の無い母親が
たった一人で
その弱り切った心臓を
過剰に強く速く拍動させる

死の間際にあって
束の間
まるで希望のような
音の無い眩い光が
辺りを照らす

しかし遂に静まり
やがて
死の岸辺から
春の夜風のように
何処にも寄る辺ない風が
吹いてくる

その風にあたり
今わの際に在る者たちは
すこし寒くて
すこし寂しそうに
微かに震え
ようやく諦めを得て
命を終える

残されたものたちに
痕を残して
終わりの後に訪れる
始まりがある
そのとき
一つの迷いが終わり
一つの新たな光りとなっていく

枯れない澄んだ流れが
荒野を潤す
匂い菫が薫る
沈丁花が薫る
蝋梅は散って
白木蓮が蒼天に純白の大輪を開く
臙脂色の燕たちが風を切って舞う
激しい嵐を含みながらも
また新しい春が
生きようと輝いている