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理不尽な世界 ― エピソード⑤ ― プレゼント

フリーランスの庭師です。
これから書く内容はフィクションです。

〖理不尽な世界 ― プレゼント〗


唐突に目が覚めた。

「うん?夢だったのか…。そりゃそうだよな。」

夕べは可笑しな夢をみた。夢の内容はこんな感じだ。



結婚式の招待状が届いた。差出人に心当たりが無い。

年賀状や暑中見舞なら無視しても構わないが、さすがに招待状となるとそうもいかない。

招待状に書かれていた番号に電話をしてみたが、何度掛けても相手は出ない。

招待状を読んでみると、結婚式場ではなく飲食店貸し切りのパーティー形式のようだ。『ご祝儀はご遠慮下さい。参加費のみで結構です。』とも書かれていた。

怪しいとは思ったが、宛名は間違いなく私なので行ってみることにした。もしかしたら小学生時代の友人とかが伝を辿って私を探したのかもしれない。それにこんな詐欺の話も聞いたことはなかったし。

会場は高円寺駅からそう遠くない場所だった。どういうルートでたどり着いたのかは覚えていないが無事に到着した。

病院のような待合室だった。自由な服装をした人達で混雑していた。私もジーンズにジャケットというラフな格好だ。周りを見渡したが見覚えのある顔は一人もいない。

空いていたソファーに座りスマホをいじっていると、長髪に髭面のロックミュージシャン風の男性が声を掛けてきた。

「久しぶりだな。元気にしてた?」

その男性は私を知っているようだか、私には全く分からない。

話を合わせた方が良い気がしたので、「うん、久しぶり。」と応えた。

すると男性は、「お前のジャケット、今日のパーティーには合わないから変えといたぞ。」

そう言われて着ているジャケットを見ると、いつの間にかジャケットが変わっていた。確か紺色のジャケットを着ていたはずだ。なのに茶色のチェック柄のジャケットに変わっていた。

いったい私はいつ着替えたのだろう…。

何が起こったのか分からずにいると、別の男性が、「それ高級ブランドのやつじゃん。メチャクチャ高いやつだぞ。」と話に割り込んできた。

「いや、アウトレット物だからそんなに高くないよ。」

「そうは言っても20万は下らないだろ?」

「まあね。」

知らない男性2人が私のジャケットの話で盛り上がっているが、私はまごつくばかりだ。

「いやそんなに高いものを借りる訳にはいかないよ。返すよ。」と私が言うと、

「お前のジャケットもう処分しちゃったから、それ貰ってよ。」

「???」

何が何だか分からず、私は「ああ、ありがとう。じゃ遠慮なく…。」としか言えなかった。


参加費が招待状に書かれていなかったが、受付に『参加費用1万円』と書かれた紙が貼られていた。早めに払っておこうとジーンズのポケットから財布を取り出すと、見覚えのない青色の財布が出てきた。

すると近くにいた女性が、「財布、だいぶくたびれていたから別のに変えといたよ。」と話しかけてきた。

やはり向こうは私を知っているようだが私は彼女を知らない。そしてその財布もブランド物で高価そうだった。更に中身も増えているような…。

狐につままれた感じだったが、気を取り直して参加費を受付のスタッフに払って、会場内へ入った。


名前が記された席に座ると直ぐに結婚式のイベントが始まった。新郎新婦は通常のウェディング姿だった。

式が進み、やがて私が座るテーブルに新郎新婦がやってきた。2人とも涙を浮かべながら、「今日は来てくれて本当にありがとう。勇気を出して招待状を送って良かった よ。」と言った。

2人とも私のことをよく知っているようだった。しかし私は2人とも全く記憶にない。

どういうことなんだ。あまりにも現実離れしている。私は列席者の誰一人知らないのに、周りは皆私を知っているようなのだ。

軽い目眩を感じ、その後のことはよく覚えていない。気づくと式は終了し、皆帰り支度をしていた。

「はい、これは引出物の代わり。開けてみて。」と新婦からラッピングされた小さな箱を渡された。

空けてみると新品のスマホが入っていた。

「新しいスマホが欲しいって言ってたでしょう?気に入ってくれると嬉しいんだけど。」

個別の引出物なんて聞いたことがない。確かに新しいスマホが欲しいとは思っていたが、誰かに話した記憶はない。もちろんSNSに投稿などもしていない。思考が歪んでいくような気がした。


会場の外に出ると、二次会に行こうとしているグループがあった。

その中の一人の男性が 「お前も来いよ。」と私を誘ったが、別の女性が 「ごめん、ここから先は近い親戚のみだから、遠い親戚のあなたは遠慮して。」と言った。

近い親戚も遠い親戚も何も、私は誰も知らない。

私を誘った男性が申し訳なさそうに 「スマン、一人で帰ってくれる。これ渡しとくから。」と、一束のロープを手渡してきた。

「なんでロープ? こんなものいらないよ。」

そう断ったが、その男性は

「電車で帰るんだろ? 後で必要になるから持っていきなよ。」

仕方なくロープを受け取った。よく見るとそれはロープではなく、登山で使うザイルだった。しかもかなり高級そうだ。

ザイルを肩に掛けて歩き駅に到着した。高円寺駅は見知った駅ではなかった。AIロボットによって人類が滅亡の危機に陥る…そんな近未来を描いたSF映画に出てくる廃工場の様な建物だった。

どこへ行けばよいのか分からないので、前を歩く男性に付いていった。男性は螺旋階段を上がっていった。一番上まで上がると、螺旋階段は唐突に終わっていた。

遥か眼下に駅のホームが見え、すぐ頭の上にある1本のワイヤーがホームへと延びていた。そしてそのワイヤーには幾つものフックが取り付けられていた。

前を歩いていた男性は持っていたロープをフックに掛け、ワイヤーを伝ってホームへと降りていった。橋がない川を渡る時にロープを伝って川を渡るのと同じ要領である。

なるほど。式場で別れ際に男性がザイルを手渡したのはこのためだったのか。しかし今いる場所は下降の角度が45度に近い。ほぼ落下するような感じだ。私は足がすくんで動けなかった。すると後ろで順番待ちをしている女性に声を掛けられた。

「早く行ってよ。電車が来ちゃうじゃない!」

仕方なく踏み出した。

ゴーっという音と共に私はホームへ向かっていった。

すると、ガコッという音がしてフックが外れ、私は真っ逆さまに落下していった。私は目をつむり

「こんな所で俺は死ぬのか?」

と思ったが、気が付けばホームに立っていた。
安堵した



瞬間に目が覚めて今だ。あんな奇想天外な出来事が起こる訳がない。

それにしてもここまで細部に渡って夢を覚えているのも珍しい。妙なリアル感があった。

夢だと分かったのに気持ちがざわついていたので、珈琲を飲みながら新聞でも読もうと郵便受けに向かった。郵便受けを開けると新聞と一緒に葉書が入っていた。宛先は私。そして差出人は…夢の中の招待状に書かれていた名前。

まさかそんな筈はない。あれは夢だったはずだ。私は動揺しながら洗面所へ向かった。

鏡に映っていたのは全く知らない男性だった。

あの夢は現実だったのか?
いや、そもそも私はいったい誰なんだ?

リビングに行くと、ソファーの上に茶色いチェック柄のジャケット、青色の財布、新品のスマホが無造作に置かれていた。そしてテーブルの上には数種類の薬が散らばっていた。

この世の中は理不尽だ。


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