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半導体業界を動かす注目の3社 それぞれの強みとは?──『教養としての「半導体」』から

『教養としての「半導体」』は、現代人の生活に欠かせないスマホなどのツールの心臓であり、その重要性ゆえに世界の政治経済に大きな影響を及ぼす「半導体」にかかわるすべて──産業構造や製造技術、注目企業の特徴に加え、黎明期から国家レベルの思惑が絡む現在までの歴史とこれから──を知ることができる一冊です。

著者は、日本が半導体のトップシェアを誇っていた時代からつねに現場に身を置いてきた菊地正典氏。業界の第一人者ともいわれる菊地氏は本書で、いま世界の半導体市場を引っ張る10社の特徴を、ベテラン技術者ならではの現場視点で分析しています。ここではその一部、とくに注目される3社についての記述を公開します。

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『教養としての「半導体」』附章より

半導体業界の主なメーカーの特徴


サムスン電子──ハングリー精神が支える

売上高:35兆2100億円(2022年) 従業員数:11万3500人

サムスン電子(韓国)は、韓国最大の財閥サムスングループの中核会社で、世界最大の総合家電、電子部品、電子製品のメーカーです。

半導体メーカーとして、メモリ分野(DRAM、NANDフラッシュ)では世界ナンバーワンの地位にあり、近年、インテルと半導体世界シェアのトップ争いを演じています。

サムスン電子に関して強く記憶に残っていることが2点あります。一つは、リー氏(Y. W.Lee)が社長を務めていた頃、筆者は半導体関係の学会やシンポジウムで何度かリー氏にお会いする機会がありました。感心したのは、リー氏本人が講演するときはもちろん、その前後の分科会にもできるだけ出席し、他の人の発表を聞いては鋭い質問を投げかけていたことです。

もちろんリー氏は大会社の社長ですから、多忙であることは間違いありませんが、そんな中でも時間を割いては技術発表に耳を傾け、最新技術データを収集し、経営上の判断に役立てようとする姿勢がありました。まさにハングリー精神の発露という印象を強くもったものです。

一般に、大会社の社長や役員が招待講演などで話をする場合、自分の講演が終わると、「技術的な話は聞いてもよくわからないし、時間も割けない」と、すぐに退席してしまうケースがほとんどです。そんな中で、リー氏の振る舞いが新鮮かつ印象深く残ったのかもしれません。

もう一つは、サムスンのDRAM製品がぼつぼつ世に出始めた頃の話です。

その頃、筆者が勤めていた会社も御多分に漏れず、「キャン・オープナー」(*)よろしく、他社の半導体製品を解析し、その構造などを根掘り葉掘り調べることが日常的に行なわれていました。サムスン電子のDRAMに関しては、まだサムスンの知名度が低かったこともあって、筆者の周りの人はほとんど、よくも調べない段階から、「たいしたことはないよ、放っておい
たら」という考えが大勢でした。

しかし筆者がサムスンの解析データ(各部の断面SEM写真など)を見たとき、そこにちょっとした工夫というか、アイデアというべきか、それらが垣間見えました。そのとき、筆者は「よく考えてつくっている、決して侮れない」という強い印象をもったものです。

その後のサムスン電子の躍進については、今さらいうに及びません。

(*)キャン・オープナー(can opener):他社の半導体製品チップを調べるため、パッケージングを剥がして、各部の平面構造や断面構造などを解析する人の意味。


TSMC── 相手に任せ、PDKオープン化で囲い込み

売上高:6兆6000億円(2021年) 従業員数:6万5152人

TSMC(台湾)は、たった1社で世界の先端ロジック半導体の実に75%を製造・供給している、世界最大のファウンドリー企業です。台湾という地政学的位置からも、米中覇権争いの中で、最重要物資としての半導体を巡り注目を集めています。

TSMCが新たなファウンドリー事業を起こし、わずか30数年の間に時価総額で世界11位の企業に成長できたのは驚くべきことです。それには創業者であり元会長モリス・チャンの半導体製造にかける洞察力、先見の明、経営者としてのカリスマ性などと同時に、台湾政府の長期的経済政策も大きな要因といえるでしょう。

それらの事情を踏まえた上で、成功の具体的な要因として2点、筆者が感じることがあります。その一つは、半導体の受託生産企業として、生産技術あるいは生産システムのあるべき姿を徹底的に追求し、高いレベルを実現した点です。

筆者があるセミナーでAMAT(アメリカ)の人などから聞いたことですが、TSMCを筆頭とする大手ファウンドリーは、自社工場に製造装置を導入し、立ち上げ、維持メンテナンスをする際に、装置メーカーに相当程度任せて(責任をもたせて)いる、ということでした。その点、筆者の在籍していた企業(日本のIDMメーカー)では、あくまでも「自社のやり方」の枠内で装置メーカーを位置づけていたように感じます。

AMATの人は、そのようなファウンドリービジネスのやり方に対応するため、単独の装置を売るというより、自社内にもある程度の半導体製造ラインをもち、評価や改良改善を行ないながら、装置(あるいは装置群)を単体としてではなく、「システムとしてファウンドリーに提供する」やり方を構築していたように感じました。

もう一つは、TSMCがファウンドリービジネスを拡大するに際し、PDKのオープン戦略を取ったことです。PDK(Process Design Kit)とは、半導体(IC)の設計に際し、デバイス各部の寸法や各種薄膜の種類や膜厚、さらにはプロセスフローや装置などを記述した仕様書のようなものをいいます。TSMCがファウンドリービジネスで実績を積むに従い、同社がネット上などでオープンにしているPDKに準拠している半導体の製造はTSMCに委託できますが、準拠していない製品は受託してもらえなくなります。

したがってTSMCは、PDKをオープン化することで、結果的には自社への生産委託を「囲い込んだ」ともいえるわけです。このようにTSMCのファウンドリービジネスの成功の裏には、よく考えられた長期的戦略と戦術があったのです。


エヌビディア──GPUで世界トップの座を

売上高:269億1000万ドル(2022年) 従業員数:1万3775人

エヌビディアは今をときめく「ファブレス企業」の雄です。2024年2月の速報によれば、エヌビディアは2023年通期で世界半導体売上のトップに立ったとされます。

創業30年でこのような大躍進を果たした理由はどこにあるのでしょうか。創業者のジェイスン・ファンに拠るところが大であることはもちろんですが、技術的に見ればエヌビディアがつくり出したGPU(Graphic Processing Unit:画像処理装置)という半導体製品の機能・特徴が、現在の社会・経済の情報化・デジタル化の動きにマッチしたからでしょう。

GPUはその名の通り、もともとグラフィック(静止画や動画)を高速かつ効率的に処理するためのICとしてスタートしました。そのために線形代数に基づく行列計算、いわゆる膨大な「積和演算」、すなわち「掛け算をしてその結果を足し算する」という単純な処理でありながら、膨大な計算量を要する処理を行なうことに特化したプロセッサです。

もちろん、インテルのCPU(MPU)などを使っても同様の処理は可能ですが、汎用マシーンであるCPUには処理速度や演算効率という点でGPUには後れを取らざるを得ません。これは、一般的に、同じ半導体(IC)といっても、「汎用か専用か」という話にも繋がる面があるからです。

最初エヌビディアは、パソコンやワークステーション向けのGPUを手掛け、次にはゲーム機用や、ビットコインなどの仮想通貨のマイニング(膨大な計算に協力し報酬を得ること)などに向けた業務向けGPUを開発していました。

その後、GPUによる汎用計算向けとしてのGPGPU(General Purpose GPU)を開発し、またアームプロセッサとGPUを統合したSOCの開発など、アプリケーション分野を次々に広げています。

最近エヌビディアはAI(人工知能)、特に「生成AI」の分野でますますその存在感を強めていて、これがエヌビディアを半導体世界ナンバー5の地位にまで押し上げた大きな要因になっています。

以上述べてきたように、エヌビディアの躍進は、「GPU」という半導体がもつ機能・特性が情報化の進むDX社会の要請にドンピシャリ、マッチしたためですが、工場(製造施設)をもたないファブレス企業のエヌビディアが躍進できた背景には、TSMCのようなファウンドリーの存在(支え)があったことも忘れることはできません。


著者プロフィール

菊地正典(きくち まさのり)
1944年、樺太生まれ。1968年、東京大学工学部物理工学科卒業。日本電気(株)に入社して以来、一貫して半導体デバイス・プロセスに従事。同社半導体事業グループの統括部長、主席技師長を歴任。(社)日本半導体製造装置協会専務理事を経て、2007年8月から(株)半導体エネルギー研究所顧問。著書に『〈入門ビジュアルテクノロジー〉最新 半導体のすべて』『図解でわかる 半導体製造装置』『プロ技術者になる! エンジニアの勉強法』(以上、日本実業出版社)、『「電気」のキホン』『「半導体」のキホン』『IoTを支える技術』(以上、SBクリエイティブ)、『史上最強図解 これならわかる!電子回路』(ナツメ社)、『半導体工場のすべて』『半導体産業のすべて』(以上、ダイヤモンド社)など多数ある。

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