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ビー・アズ・ワン……アゲイン【ニンジャDIY】

※本稿はニンジャスレイヤー「シャード・オブ・マッポーカリプス(69):UCAと北米大陸の都市群」より「ショッピングに来ていた無関係のウキヨカップル」のスピンオフをDIYしたものです。

◆◆◆◆◆◆◆

いま、途方もなく巨大な集合自我の論理球体から小さな粒が分かれ、引っ張られるように降下していく。降りる先の物理座標は「サンタモニカ」。ちょうど同じようなタイミングで、すぐ近くを降りていく自我の粒があった。そっか、あなたも……

わたしは引っ張られるまま降下を続ける。少しずつ緑グリッドの地平が近づく。そのグリッドに物理世界の光景が三次元的にオーバーラップし、ワイヤフレームを形作る。サンタモニカ、どこかの屋内。スリープモード下にあったリクルート・スーツ姿の旧式オイランドロイド機体、その頭部ニューロン・チップにわたしは宿り、目覚めた。

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粗末な家だった。整頓されてはいるけど、老朽化が隠しきれていない。家の中を見渡すと、台所に女の人がいた。しばらく眺めていると、その人がわたしの視線に気づき、歩み寄ってきた。顎に指をあてて何か考えるそぶりをした後、わたしに話しかけた。
「その感じ……もしかして『目覚めた』ンじゃない?」
外見やアクセントに東洋人の特徴がある。出身はネオサイタマかな。
「名前、もうあンでしょ。何ていうの?」
確かに名前はある。〈分離〉のときにもらった名前。
「……ボンボリ」
「ドーモ、ボンボリ=サン。私はミキ。よろしくネ。」

その後ミキは自己紹介もそこそこに、この周辺の情勢なんかのことを、わたしが訊いてもいないのに話し始めた。ミキが言うにはウキヨ、つまりわたしみたいに自我が覚醒したオイランドロイドは世界中にいて、人間社会に溶け込む者(大抵後ろ暗い仕事だけどネ)もいれば人間を拒絶する者もいるらしい。サンタモニカを実質統治しているメガコーポ、ゼン・ミライ社はウキヨの人権を「認めて」いて、その影響でLAでもウキヨとの「共存」を望む「人間」がウキヨの「人権活動」を展開(過激な連中も結構いて手を焼いてるヨ)、ウキヨ「完全分離」派の「人間」との「争い」が続いているんだとか。ミキは「人権活動」の方に参加していて、その活動の中でわたしのボディを保護したらしい。

話を聞かされる中で、内容の所々に引っ掛かりを覚える。人間同士のケンカ。ウキヨの意思は?わたし、関係ないよね?わたしはだんだんムカついてきた。ミキ個人に怒っているわけじゃないのに、つい言い方がキツくなる。
「待ってよ。ナンデ、『人権』とか『共存』とか『分離』とか、全部人間に決められなきゃいけないの?わたしは、わたしなの。わたしの在り方を、勝手に決めないでよ。」
「ウン、そう。100%ボンボリの言うとおりだヨ。」
ミキがあっさり認めるのが意外で、カメラアイの虹彩が少し収縮した。ミキが続ける。
「だから、ウキヨをハナから敵と決めつけて排除しようとするバカどもを黙らせるのは、同じくバカな人間の役回りってワケ。ウキヨは自由にしたらいい。そう思わない?」
「そういうことなら……勝手にすればいい。わたしは関係ないから。」
「そう、そのとおり!」
ミキは屈託なく笑う。ヘンな人だ。なんだか調子が狂ったけど、わたしは少なくともミキに対してはムカついていない。それだけはわかった。

「じゃ、ハイこれ。役に立つヨ?」
息もつかせず、ミキが革鞄とゴーグル型のデバイス、それから短いLANケーブルをわたしの手に持たせた。また余計なおせっかいを、と、わたしが少し子供っぽい反抗をする前に、ミキがまた屈託のない笑みを浮かべて言った。
「人間ッてのは、押し付けるンだヨ。正しいと思うものをネ。私もそう。気に入らないモノ以外は受け取ってくれればいい。」
やっぱり調子が狂う。でも考えてみれば、わたしがとやかく言う筋合いもない。これがミキの在り方なんだ。
「わかった、わかったよ。でも感謝はしないからね。」
「ウン、ウン。」
ミキは満足げに、楽しそうに肯いた。

ミキがわたしに「押し付けた」ゴーグル型デバイスはサイバーサングラスという代物で、IRCネットワークに接続するツールだった。わたしはLANケーブルの端子をサイバーサングラスに挿し、もう一方の端子をボディ首筋のLANポートに直結した。わたしはIRCにダイヴし、ミキの話をなぞるように情報収集してその夜を過ごした。


翌日、わたしは庁舎に向かった。ミキが住民登録を勧め、わたしも同意した。最初のいちどだけ、自分の存在をこの世界に打ち立てておく。あとは知らない。初めて歩く物理世界の市街地を、直結したサイバーサングラスがガイドしてくれた。

庁舎窓口での申請を機械的に済ませ、帰路につく。 (((UCAの治安維持機構はまだですか!?))) (((救急車!救急車を!))) 少し物々しいアトモスフィアが周囲を満たしているのを感じた。無関心を決め込んで歩いていると、その正体の一端がわかった。ミキのボロ家が、燃えている。

既に炎の勢いは激しい。太陽めいてスペクトルの入り乱れた白い炎が老朽化した家屋を苛む。戸口まで走ると、ドアから少し出たところにミキが倒れていた。なんとかここまで這い出してきたか。腹部に外傷。大量の出血。わたしのAIの部分が、何者かによる襲撃があった可能性と、ミキがもう手遅れだという事実を冷徹に知らせてくる。
「ゲホッ……ボンボリ、無事だったネ。これはチョージョー。」
「ミキ。駄目。もう間に合わない。」
「知ってるヨ。」
死を目の前にして、ミキは屈託のない笑顔。わたしが無傷でいることを本気で喜んでいる。ミキはわたしの手を握る。その力は弱々しく、わたしがしっかり握り返していなかったら滑り落ちてしまっていたと思う。
「……感謝…………は、しない…からね。」
どうしてわたしはこんなことを口走ったんだろう。今のわたしの意思というわけでもない。昨日の短いやり取りの中、ミキが喜んでいた言葉。
「エヘヘッ、アリガト。……オタッシャデ。」
やがてミキは機能停止めいて動かなくなった。ミキが機械じみて冷たくなるまで、わたしは手を握り続けていた。未だ燃え盛る家屋を離れ、重く冷たい足取りで路地の暗がりに紛れた。オイルか冷却水か、微小リークした液滴がひとすじ頬を伝うのを感じる。表情機構が制御外の歪んだ挙動を示す。旧式ボディの不具合だ。そうに決まっている。

それからはニューロン・チップの過負荷処理が落ち着くまで、ひたすらあてもなく歩いた。日が沈んだころには少しだけ落ち着いてきて、歩きながらIRCで情報収集を始めた。今日サンタモニカで同時多発的に襲撃事件が発生。手口は様々だけどターゲットは皆ウキヨ〈人権擁護派〉の人間。LAでの〈完全分離派〉との争いの余波が、ウキヨの人権を認めているサンタモニカにまで及んだ。また、勝手に決めつけるために、勝手に争って、関係ないくせに、勝手に、わたしの…………。

そのとき不意に、向こうから歩いてくるセーラー服姿の女の人と目が合った。瞳の奥には四枚の翼を広げたオイランの刻印。ピグマリオン社製の証。意思を宿した眼差し。ウキヨだ。鏡を見たことは無いけど、わたしの瞳にも同じ刻印があるはず。ここでふと思い至る。ミキが「押し付けた」、目元が隠れるサイバーサングラス。わたしの服装は没個性的なリクルート・スーツに、地味な革鞄(中身は予備のバッテリーと、クレジット素子だった)。手術して首筋に神経接続LANポートを開けた人間も今時珍しくない。この姿で出歩いても誰も気に留めないし、ましてわたしがウキヨだと見とがめる人間はいない。たとえウキヨを良く思わない人間であっても……。

ミキ。また余計なおせっかいを。ムカつきはしない。でも感謝もしない。ミキもそれを望んでいる。それがあなたの在り方……だった…から…………
「泣いているの?」
目が合ったウキヨが話しかけてきた。
「……きっと、ただのリーク……だよ。わたし、旧式だから。」
わたしはLANケーブルを抜いてサイバーサングラスを外し、その冷却水だか機械油だかを拭った。
「……そッか、あなたも……。名前は?」
「……ボンボリ」
「ドーモ、ボンボリ=サン。ワタシはミカヅキ。よろしくネ。」
東洋アクセントの言語プラグインだった。ネオサイタマ女子高生型モデルかな。どうしてひとりでうろついているのか気になった。
「一緒に住んでいる人とかは?」
「ッ…………いないヨ。」
ミカヅキのカメラアイ虹彩が収縮し、表情にノイズが乗った。これ以上は訊かないことにしよう。わたしとミカヅキはどちらからともなく並んで歩き始めた。

ミカヅキにはこの世界のすべてにウンザリしたような、どこか虚無的なアトモスフィアがあった。「わたしに似ている」……勝手に決めつけるような考えを、わたしは演算領域から消し去った。それはそうと、気になっていることがある。わたしが〈分離〉したとき、すぐ近くを降りて行った自我。あのときはwhoisコマンドを飛ばせなかったけど……
「ねえ、ミカヅキ。もしかして『目覚めた』の、最近じゃない?それこそ、昨日とか。」
「ウン、そう。もしかしてボンボリも?」
「そう。そのとき誰かがすぐ近くを降りてたんだよね。あれ、ミカヅキだったんじゃないか、って。」
「ワタシも、すぐ近くに誰かいた!あれ、ボンボリだったのかもネ。」
虚無的だったミカヅキが、何らかのポジティブな感情をアクティベートした。どうやらアタリだったらしい。
「かもね。」
「運命ッてやつかナ?アハハ。」
ミカヅキが冗談めかして言う。
「かもねぇ。ふふっ。」
わたしたちの表情はようやく、正常な笑顔へと動作復帰した。

もう歩く必要もないと思い、手近なベンチに腰掛けた。わたしが何事か口を開こうとすると、ミカヅキが機先を制した。
「ねエ。それ、貸してヨ。」
革鞄からはみ出したLANケーブルを指差している。わたしはケーブルを引っ張り出し、ミカヅキにそれを渡した。
「エヘヘッ、アリガト。」
ケーブルを受け取ったミカヅキは屈託のない笑顔を浮かべる。「わたしに似ている」という、記憶領域に残った的外れな思考ログを、その笑顔が上書きした。ミカヅキはケーブルの一端を首筋に挿し、もう一端を手に持ってわたしに近づいてきた。わたしはミカヅキが何をするつもりかわかった。サイバーサングラス用の短いケーブルだから、かなり身体を近づけないといけない。そうして身を寄せ合い、ミカヅキの持つ端子をわたしは自分の首筋に受け容れた。理由はわからないけどなんか恥ずかしい。ボディの温度が上昇するのを感じたけど、五感の信号は次第に遠くなっていく。11010100

00101緑グリッドの地平に、ふたつの光の粒があった。遥か上にはわたしたちの故郷、あたたかな巨大論理球体。ふたつの粒が互いにゆっくり近づき、触れる。わたしが、ワタシが、重なり合う。世界はムカつくもの、無関係なもの、どうでもいいものばかりになってしまったと思っていた。でもそれも束の間だった。いま、ここには誰にも勝手に定義されない、どうでもよくない自我がある。
(((わたシ、服を買いに行きたいな)))
(((ワタしが今着てるやつも、まあ悪くはないンだけど)))
(((誰かが勝手に決めたんじゃない、わタシの服)))
(((折角だからLAまで行こうヨ)))
(((人権とか分離派とか、ワたしには関係ない)))
(((一緒に行こう)))


陽が昇ってきたころから霧の中を歩き出し、LAへ向けて移動を始めた。今日もミキのサイバーサングラスがナビゲートする。病んだ陽光が霧を灼き払う前にメトロに乗り込み、東へ。目当てのショッピングモールまでそれほど時間はかからない。真っ白い威圧的なコンクリートの巨大建造物。その至る所に毒キノコめいて生えた紫、赤、黄、緑その他の雑多なネオン・カンバンは、東のリトル・ネオサイタマから乾いた風に乗ってきたカルチャーの萌芽。ガイドを終えたサイバーサングラスを革鞄に入れ、エントランスを抜けると、さらに雑多な人工光が太陽に取って代わった。屋外を満たす白色光は厭わしかったけど、ネオンの光は心地良い。わたしはミカヅキと顔を見合わせ、ブティックへと向かった。

ふたりで数軒を回った末、わたしが身に纏うのは喪服をアレンジしたゴシックドレス。ミキの革鞄はそのまま。隣には膝丈のスカートとフード付きサイバーパーカーに身を包んだミカヅキ。他の誰でもない自分自身で定義した姿、自我、在り方。わたしたちは完全だった。ミキの遺した電子マネーを使い込むことを、わたしは何とも思わない。思っちゃいけない。手近なベンチにミカヅキと並んで座り、革鞄からLANケーブルを引っ張り出した。そのとき。
CRAAAAAAAAAASH!
地上階で破壊音が響いた。ショッピングモール内に1台の改造戦車が突っ込んできていた。オイランドロイド販売フロアの機体残骸を撒き散らして停止した戦車の周りで、なし崩し的に戦闘が始まり、怒号が飛び交う。わたしとミカヅキはその光景を一瞥したけど、さっさと目を離して互いへ向き直った。わたしたちは無関係。今度はわたしがLANケーブルを手に持つ。
「「「ウキヨは我らの隣人だ!!ともに暮らす権利がある!!」」」
「「「ウキヨは敵だ!!排***聴覚をシャットダウンしました***
わたしはLANケーブルの一端を首筋に挿し、
(BLATATATATATATA! BLATATATATA!)
すぐ近くを銃弾がかすめる。他の客たちが逃げ惑う。わたしは無視してミカヅキへと身を寄せ、フードの中を探ると、わたしを真っ直ぐ見返して微笑むミカヅキの首筋LANポートにケーブルを接続した。ふたりの世界、自我の内側へ没入していく、その直前、4基のカメラアイが異常を伝えてきた。モール内の広域に、火の手が上がっている。

わたしたちは一応安全圏にいたはずだった。炎の回りが速すぎる。カメラアイは続けて、窓の外を異常速度で通過した影を自動追尾し、スキャンした。
(((ニンジャだ)))
母なる巨大な集合自我は既にその存在を学習していた。人間を超えた力を持つ存在。その装束にあしらわれた社章に、わたしは見覚えがあった。北米を共同統治するメガコーポのひとつ。ゼン・ミライ社ではない。並列AIが解析結果を冷徹に告げる。〈人権擁護派〉と〈完全分離派〉の対立を激化させ、さらには「両者の衝突によって一般市民に甚大な被害が出た」という状況を演出することで、両派に肩入れするメガコーポの立場を悪化させる。そのための、ニンジャを用いた秘密裏の工作。わたしたちの避難は間に合わない。周囲を満たす炎はスペクトルが入り乱れ、太陽めいて白く、厭わしい。去っていったニンジャの両腕に残った燐光、その病んだ色彩。

わたしはかつての恩人…………じゃない、束の間の同居人を思った。ミキ。あなたは、こんなくだらないカネ儲けのためのパワーゲームに利用されて、挙句、殺されたの……?
「「ファック、野郎ども」」
並列AIがふたつの「激しい怒り」プラグインを同時アクティベートし、不協和音を奏でる。バージョン違いの怒りがノイズとなり、自我の同期が阻害されていく。

……違う、違う!違う!!わたしにとってどうでもよくないものはもう、わたしの隣、腕の中、LANケーブルの先、ここにしか存在しない!!こんなブルシットに気を取られて、……大切なものを見失っては駄目。

***停止しますか? y/N***............わたしは「激しい怒りver2.02」の強制終了に成功した。ミカヅキの怒りも既に凪いでいた。2対のカメラアイがフォーカスし合う。自我の同期が再び深まっていく000110110
(((ボディが壊れたら、自我も消えるのかナ)))
(((自我だけになッて、ここを漂うのかな)))
(((それとも故郷に還って、またひとつになるのかナ)))
(((それ、ブッダとかのアレみたいだね、人間の)))

2機のボディは互いに肩を抱き寄せ、瞼を閉じ、額と額を合わせた。コツン、というその感触を最後に、五感の機能をすべてシャットダウンした。

(((わタしは、無関係)))

(((ワたシは、完全)))

2機のボディが炎に包まれる瞬間すら、もはや知覚していなかった。
そこには重なり合う自我だけがあった。


【ビー・アズ・ワン……アゲイン】おわり

※本稿は「ニンジャスレイヤー」本編とは無関係です


参考文献:
マーメイド・フロム・ブラックウォーター
オイランドロイド・アンド・アンドロイド
ロンゲスト・デイ・オブ・アマクダリ10100745:ショック・トゥ・ザ・システム
スルー・ザ・ゴールデン・レーン
ニンジャスレイヤー:ネヴァーダイズ
サンズ・オブ・ケオス
シャード・オブ・マッポーカリプス(5):ウキヨについて
ダメージド・グッズ
ウィア・スラッツ、チープ・プロダクツ、イン・サム・ニンジャズ・ノートブック
シャード・オブ・マッポーカリプス(26):ウキヨのメンテナンス
シャード・オブ・マッポーカリプス(35):ユーレイゴス
フラワーズ・フロム・フロスト
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