母の隣には猫を

私が8歳の時、我が家に猫がやってきた。
叔父が拾ってきた三毛猫だ。
叔父の家には既に2匹の猫がおり、彼らとの相性が良くなかったため我が家で貰い受けることになったのだった。

我が家族は元々とくべつ猫が好きというわけではなかった。
三毛の子猫を貰い受けたのも、たまたま犬でも飼おうかというタイミングでその話が舞い込んできたから、というだけのこと。
私はダックスフンドがほしくて、飼い方の本まで読み込んでいたので、ちょっと不満ですらあった。

だからいつから我々が猫好きになったのか、誰も覚えていない。
三毛柄の子猫は大した病気もせず大きくなり、小さくにゃ、と鳴くだけで必ず誰かが飛んできて世話をする我が家の女王様となった。
自分で開けられるはずの引き戸の前に座れば父が扉を開け、洗面台の上に乗れば姉が手に水を溜めて飲ませ、ベッドの上に寝転がれば母がブラッシングをする。
私は彼女が庭をパトロールするときに後ろをついて歩く係だった。

そうして彼女と暮らした家族は、世界中の生き物の中で猫こそが至高である、という思想を持つに至ったのであった。

抱っこは10秒以内、母の膝以外には乗らない、呼ばれると尻尾で返事をする、猫らしいといえば猫らしい彼女だったが、私が大学生になり実家を離れると、帰省のたびに出迎えと見送りをしてくれた。

彼女は16年の間、私たちの女王様を務めてくれた。
母は彼女の遺骨を可愛い骨壷に収め、それに季節ごとの羽織を作って着せ、毎日花を生けてお線香をあげていた。

父と姉と私は後任を務めてくれる方が早く現れてくれるよう祈るばかりだった。
拾ったふりをして連れてこようかと相談したこともあったが、無理に引き合わせてもいい結果にならないかもしれないと、母の気持ちが向くのを待つことにした。

そうして4年が経った頃、彼女が散歩していた庭に誰も知らない子猫が姿を見せるようになった。
母猫の姿は見えず、いつも1人で冒険している様子を見ると、乳離れしたばかりだったのかもしれない。
家族は騒然とし、こっそり写真を撮ったり、おやつを出したりした。
はじめのうちは警戒して人の気配を感じると逃げ隠れしていた子猫だったが、徐々に餌皿を内側へと移動していくうちに部屋の中まで入ってきてごはんを食べるようになり、いつの間にか我が家の新しいご主人様に就任してくれたのだった。

縞柄の子猫は我が家の王子様となり、母は彼の専属付き人となった。
彼は母を起こし、一緒に昼寝をし、夜は腕枕で寝る。
私が母に電話をすると、向こう側でウニャウニャと話す。そうすると母は娘そっちのけで王子様のお相手をするので話が進まなくて困るのだが、やっと女王様が派遣してくれた後任なので無碍には出来ない。

母は楽しそうに王子様の写真を撮っては送ってくる。
亡き女王の話をする時の表情も明るくなった。
王子様はこうなのよ、女王様はああだったわよね。
彼女にまつわる思い出から悲しみの色が消えたようで、私はそれが一番うれしかった。

新任の王子様、できる限りのことはさせていただきますので、どうかなるべく元気に長くお務めしてください。
そしてできればお隠れになる前に後任を任命していただけますと、家族は安心でございます。

母の隣に猫を置いておきたい娘の独り言でした。

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