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怒りのデスロードと地雷の避け方

エモの研究

まとめ:悲しみとは「切実な物事が失われたときに感じる感情」というのが、僕の仮説です。正確に書くと、「相対化できないモノ·コトへの期待値に対する負のフィードバック」になる。
怒りとは「物事が不条理に失われることに抗う感情」。正確に書くと、「モノ·コトの期待値の負のフィードバックの文脈に対する抵抗運動」。

前回、考えたように、怒りという感情は、不条理な喪失への抵抗運動というのが僕の仮説です。

怒りという火に油を注ぐには、おそらく2種類の方法があります。

1.不条理の負の連鎖を起こす
2.心身のストレスを強くする

火に油の例えでいうなら、不条理が油で、心身は器ですね。

●怒りのデスロード(負の連鎖)

1つ目、不条理の負の連鎖。

怒りって、あとからだんだん盛り上がったりすることありますよね。
ちょっとした嫌なことを、後から思い返して、
どうしてこうなるんだ、あのときもああだった、このときもこうだった。
だいたいあいつは昔から…ってな具合です。どんどんイライラしてくる。

たいがいの物事は大きな原因があって、それによって、小さなトラブルがいくつもおきる。
小さなトラブルの不条理さを認知すると、あとからあとから、自分の頭の中の筋道とのズレを確認しながら、いろんな不条理を認知していく。

だから怒りたかったら、相手のおかしなところを延々考えれば、自然と怒りのデスロードができると思います。


しかも物事の筋道・道理は、自分の頭のなかに存在しているのに、
みんなわかってくれるものだと思っている。。
つまり、本人は、怒りを自然で正当な感情だと思いがちだから大変です。

ベストセラー『嫌われる勇気』にも1章でこんなくだりがあります。

哲人 そう、怒りは一瞬の感情です。こんな話があります。あるとき、母親と娘が大声をあげて口論していたそうです。すると突然、電話のベルが鳴りました。「もしもし?」。慌てて受話器をとった母親の声には、まだ怒りの感情がこもっています。ところが電話の主は、娘が通う学校の担任教師でした。そうと気づいた途端、母親の声色は丁寧なものに変化します。そのままよそ行きの声で5分ほど会話を交わし、受話器を置きました。と同時に、再び血相を変えて娘に怒鳴りはじめたのです。

青年 別に、よくある話でしょう。

哲人 わかりませんか? 要するに、怒りとは出し入れ可能な「道具」なのです。電話がかかってくれば瞬時に引っ込めることもできるし、電話を切れば再び持ち出すこともできる。この母親は怒りを押さえきれずに怒鳴っているのではありません。ただ大声で娘を威圧するため、それによって自分の主張を押し通すために、怒りの感情を使っているのです。

青年 怒りは、目的を達成するための手段だと?

僕はアドラー心理学、目的論のことはいまひとつ理解がおぼつかないので、深入りは避けますが、要するに頭でこしらえることもできるのです。

だから、無意識に怒りを道具にする人がいるわけです。
そういう人たちの決まり文句は、俺を怒らせるな、です。


●怒りの鉄拳は痛そう

2つ目、心身のストレスに負荷をかける。
怒りは悲しみや落胆と違って、身体的な反応を強くおこします。

眉をしかめる、怒鳴る、壁を叩く……、その衝動を抑えても、
血管が浮き出て、心臓がドクドクと波打ちます。
(漫画で)( みたいな表情の記号ですな)

心身に余裕がないと、器が狭い状態。
怒りという激しい感情を、受け止められず、すぐ暴発するのだと思います。

寒い中、疲れて家に帰ってきたときとか、怒りっぽくなったりするのはそれですな。


悲しみは、心の痛覚であり、防衛本能によると書きましたが、
怒りはおそらく闘争本能と近い。

だから『ランボー 怒りの脱出』であり『ドラゴン 怒りの鉄拳』であり『マッドマックス 怒りのデスロード』なわけで。
怒りの鉄拳は痛そうだけど、悲しみの鉄拳は痛くなさそう。


●怒りの3つの防止策

この仮説から逆算すると、怒らないためには、3つの方法があります。

1.何事も期待しない
2.不条理になれる
3.心身に余裕を持つ

1の「何事も期待しない」は、まあ解脱というか悟りというか。
怒りどころか、悲しみも落胆も薄くなります。

2の「不条理になれる」は、まあいっか、しょうがない、を口癖にして、物事は思い通りにはいかない、不条理なこともあるさ、と不条理に慣れることです。
(前職では、仕事って不条理なものだから、とよく先輩に言われたな…)

3は心身をケアして、仮にストレスが強い状況になったら、不条理を避けることですね。疲れているときは込み入った話をしない。人に会わないなど。

逆を返せば、人の地雷を踏まないようにするための全うな方法は、
相手の顔色を窺うこともさることながら、
相手の筋道・道理、期待を知って、それを尊重することになります。


●おまけ チキンの怒り

バックトゥーザフューチャーの主人公マーティは、
あるキーワードで罵倒されると、怒り狂います。

「チキン(腰抜け野郎)」です。

仮説で説明するとどうなるか。

これは明らかに腰抜け呼ばわりされて、自尊心を傷つけられたという、コトの喪失への抵抗運動です。

そして、不条理さは、「俺はチキンじゃないのに、チキンと言われた!」だけです。

こういう感情のスイッチみたいなのは、
過去のあらゆるチキンと呼ばれた感情を呼び起こすことで爆発するんでしょうね。

これは別の検証が必要ないわゆるトラウマ的なメカニズムです。
過去の感情の経路から今の感情が誘発される。


以上、怒りについては、
シンプルでわかりやすい現象なので、仮説の検証はすこし甘い気がしますが、こんなところです。

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