見出し画像

【観劇レヴューのようなのもの】「アイカとメグミ」演劇ユニットゆめのあと

ケンジたちは普通列車のボックス席に座っている。車内は早い夕方だが、土曜ということもあってそれなりに混雑。ケンジたちの座った目の前には姉妹らしき20代のふたりがスペースにちょうど良く横並びになって前歯のように並んで座っている。窓の外にはケンジの写し絵と、止まったままの景色が見える。電子車掌が抑揚のない声で出発のアナウンスをする。プシュ~ッと音を立ててドアが閉まる。動き出す車窓。時空の旅が始まる。
 

「今さらだけどさ、正直、お芝居、最後わかんなかったよ。きみは感激したようだね」

「こそこそと人のアンケート覗き見るんじゃないの。まあ、若者が生き生きと、楽しそうに、一生懸命演じているのが清々しかったよ」

「ラスト、メグミは死んじゃったのかね?」

「野暮な質問だよ。でも、確かなのは、バッドエンドだったよね。俺好きだし、そういうの」

「『セブン』好きだもんな」

「それにわからなくていいんだ。それが芸術ってもんだよ」

「若者たちがやってる演劇でも?」

「若さはそれだけで芸術。てか芸術に年齢なんて関係ない」

 

姉妹がスマホひとつに夢中になってきゃっきゃと静かにはしゃいでいる。アイドルのコンサート動画を見ているようだ。「カッコいいよね~」とため息混じりに、よだれまで垂らして見ている。ケンジはそんな姉妹を一瞥したが、彼女たちはそんな視線にすら気づかないほどに画面に夢中。「さっきの芝居の子たちとそんなに年齢変わらないな……」とふと考えた。どちらが素晴らしい時間の過ごし方をしているのか比べてしまう。でも、それはケンジの価値観でしかない。芝居にのめり込む若者だって、アイドルに夢中な若者だって《生きてる》。それでいいじゃないか。

 

「アイカがすごく嫌な女の子だった。あれって役者さんの素じゃないと思うんだけど、誤解しちゃうよね。そう思われて役者さん、嬉しいものなのかねえ」

「嬉しいんじゃないの? 知らんけど」

「もうそれ死語。知らんけど。真面目な話、あのふたりの役者さんのポテンシャルは感じられたわ」

「そうかもねー。メグミを演じた子が脚本も演出もしたって、さっき、あなたに教えてもらってびっくりしたし。ふたりが、今後、どう年を重ねるのか興味あるな」

「芝居続けるかな」

「それはどっちでもいいことかな。彼女たちが各々彼女たちのままで暮らしてゆけるかに興味が尽きない」

 

ガタンゴトンと鳴らさずに電車はどこまでも行く。ドア付近に立った高校生カップルが無言で無表情に手を繋ぎ合っている。自分は座席に座らず、そこに荷物を置いた外国人バックパッカーが気だるそうに電車に揺さぶられている。スカッスカの広告掲示欄。地元歯科の広告と、人間ドッグの案内広告、健康長寿がいかに素敵な人生かを謳った誇大広告、クリスマスの不穏な幸福を煽る広告も。「人生は幸せにならないといけないのか?」と誰かが思う。「戦争には当然だけど、幸せごっこにもうんざりだ」と、彼らは思う。時空トンネルを列車は走る。ここはどこなのか、どこに向かうのか、あまり重要ではない。

 

「俺は彼女たちが安直にハッピーなエンタメに走らずに芝居してくれて良かったと思うよ」

「陰と陽の狂気があったな」

「そうだね。心をえぐって来たから芸術だったかも。まあ、作り手としてはどっちでもいいんだよ、きっと。俺が必要としたんなら、それで満足してくれるんじゃないかなあ」

「傲慢。何様?」

自分が高々と笑うのをケンジははっきりと見つめている。

「もっと傲慢なこと言うとな、彼女たち、もっと『あるがまま』になるといいよ。80歳くらいまでできれば芝居続けてくれたらさ、演じずともそこにいるだけで『存在する』役者さんになれると思うんだ」

「笠智衆とか樹木希林とか志村喬とか?」

「そんな名前挙げたら若者たちは面食らうよ」

「俺たちも小説がんばらないと」

いつの間にか電車は時空をぶっ飛ばしてワープ。その隙間でケンジは過去のオーヴァードーズした記憶を思い出す。死ねなかったから、ケンジに今がある。だから、それできっと劇中のメグミも死ねなかったんだろうとふと想像する。ハッとしたら電車は終着駅のホームに。慌てる必要もないのに急いてケンジは姉妹の後に続いて席を立った。今どきの若者も、かつて若者だった人間も一人残らず立ち去る。もうひとりのケンジも窓の影に溶けそうになって生きている者は車内にいなくなる。ケンジの影だけがただ危うく存在した。《了》

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?