まるで別れが嘘であったかのような乾杯を

彼女にバッタリ会ったらどうしよう。

全く期待していなかったと言ったら嘘になる。
彼女と付き合っていたころ、お互いに興味があってよく一緒に見に来ていた展示内容だし、この博物館だって何度となく訪れたデートスポットだ。

初めて一緒に来た時、彼女は水筒にハーブティーを入れて持って来ていた。
その後、水筒を持ち歩いているのを見たことがないので、おそらく見栄をはってくれていたんだろう。
博物館を出た私たちは、まだ明るい街をとくにあて先も決めずに歩いていた。
まだ夕食には早く、かといって気の利いたカフェなども知らない私たちは、二人ともなんの提案もできずに街を歩き、お互いのことを遠慮がちに聞き、少しずつ自分のことを話した。
居酒屋の開く時間になり、テーブルに着いて乾杯した私たちは引き続きお互いのことを話した。
かなりの距離を歩き、クタクタのはずだった私たちだが、話はいつまでも尽きなかった。

それから私たちは付き合うようになり、幸せな時間を過ごした。
博物館へも何度も通い、お互いのことはもう聞かなくても大体わかるようになった。いや、わかっているつもりになっていた。

気が付いたときにはもう遅かった。
互いを少しずつ気遣わなくなってしまった私たちはすれ違いが絶えず、つい戯れに口から出た私の別れの提案は、嘘のようにあっさり受け入れられた。

例の博物館にもあまり足が向かなくなっていた私だったが、たまたま目に入った企画展の広告に別れた彼女の存在をつい思い出し、久々に覗いてみることにした。

博物館の外の光が入る渡り廊下で彼女の姿を目にした私は、タイムスリップしたような錯覚を覚えた。
頭の中で何度もリハーサルした何倍も自然に彼女に声をかけると、彼女もまるで待ち合わせていたかのように自然に応えてくれ、私たちは当然のように一緒に外に出て、初めて一緒に行った居酒屋に入った。

「やっぱり来てたんだね、でもまさかバッタリ会うなんて」

「そうね、あの秘宝館、よく二人で来てたものね。
 それも企画が『世界の肛門性交』だから、
 あなたもきっと興味があると思って。」

あの時と同じように私たちは、凄十で乾杯した。

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