見出し画像

AIイラスト×700文字の物語|正しい値は常に求まらない

「真に正しい値、つまり真値を求めるのは、常に不可能なことだ」

彼女の瞳が輝いているのは、眼鏡の反射だけではないだろう。

「例えば体温計。1回測って熱があった。機器の故障、誤差、測り方の誤り。疑う余地はいくらでもある。10回測って同じなら、それなりに確からしい値と言えるだろう」

「そんなことしませんよ。熱があったら病気、寝て治すか医者に行けばいいでしょう」

「体温ならそれでいい。必要なのは健康か否か。精度も確度も体温計で一度計ってやれば十分だろう。だが」

教授は眼鏡をつい、と直した。

まずい。説教モードの仕草だ。

「私の研究はそうもいかない。99.99%確か”らしい”結果でなければならない。それ以外はクズデータだ」

クズに力強くアクセントをおきながら、さらに瞳が険しくなっていく。

「設備は常にメンテしている。故障はありえないし誤差は常に最小に抑えている。・・・分かるか」

「えーっと」

「お前の測定技術が甘いと言っとるんだ! 馬鹿者!!」

ドスの利いた恫喝とともに、腕をいっぱいに伸ばして僕の顎を捕まえる。可愛らしい顔立ちは、もはや極道もかくやと思えるほど殺気だっていた。

「すいませんでした。やり直します」

「明日の朝までだ。いいな」

徹夜を覚悟して頷く僕の目を見て、教授は手を離した。
肩を落とす僕に、幾分柔らかい声がかかる。

「いつだって、真値は人間には永久に分からない。それでも真実を求めるなら、絶対に手を抜くな。正しさとはそうやって手に入れるんだ」

無茶で横暴が過ぎ、人間的としてどうなんだと思うことばかり。
それでも、結構に教育者なんだよなと、白衣を翻して去っていく背中を眺める。

「よし! やるか!」

気合を入れなおし、分析装置の前に座り直した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?