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【ワケアリケイ】『形見の痣』(第5回)

 そのうち八月の日々も過ぎていき、その月の半ば・お盆の時期を迎えた。また、八月十五日はナツミの誕生日。今年で三歳になるナツミ、来月から保育園に通うことになっている。
 しかし、いくら「保育園」とはいえど、「小さな社会」ではある。とくに入園後の人間関係の面で母親のアヤカは心配を感じている。年度途中からの入園でもあるから余計に、だ。保育園のクラスでは「転校生」的な立場に置かれるだろう。友達はちゃんとできるのだろうか。いじめられたりはしないだろうか。他いろいろと心配はある。
 思えば生まれて三年、ナツミと接点のあった人物といえば、アヤカ。そして今は亡き父親のユウキぐらい。同年代の子の友達がいるどころか、誰も知らず、同時に知られてもいない。そういうことから「箱入り娘」なんていえるのかもしれないが……。

 今日、八月十三日はお盆の初日、迎え火の日だ。今年はユウキの「新盆」。数日だけでも「こっち」に帰ってくるのかな。
 夕方になり、真昼のうだるような暑さからほんと気持ち程度だけ気温が下がった。最期にはユウキと運命を伴にした、彼に言わせると「オレの宝物」だったユウキの車。三ヶ月前まではそれが停まっていたが、今は空きスペースになっているところに、アヤカとナツミがいる。
 大の車好きだったユウキ。その妻でありながら、アヤカはというとまだ運転免許すらも持っていない。しかし、今後ナツミが成長することを考えると、少し経済的や精神的な余裕ができたら、教習所に通って、免許を取って、そして中古の軽でもいいから「足」として車が欲しいと感じてはいる。ここは車がないと相当な不便を強いられる地方でもあり、このアパートの入居者なら一世帯につき一台分までなら追加料金無料で駐車場が借りられるのだ。逆にいえば家賃はもともと駐車場代込みという条件で設定されているのかもしれないが。

 かつてユウキの「宝物」があった場所。そこで牛車に見立てたナスビやキュウリを置き、その脇で迎え火を炊くアヤカ。
「こうやってね、お父さんにね。私たちここにいるよーって知らせてあげるんだよ」
 幸いにも今日は風がない。迎え火ののろしがほぼまっすぐ垂直に天空に昇っていくのを眺めるナツミ。
「お父さん、ほんとに帰ってくるの?」
「しばらくのあいだ、だけだけど、ね」
「……ナツミ、お父さんが帰ってくるの、こわーい……」
「え!? こわいって……。どういうことかな?」
「だって……。お母さんに、またグーとかパーとかするかもしれないから……」

 ナツミのその言葉にハッとしたアヤカ。

 その次の瞬間、アヤカのスマホに着信が来る。義母、つまりユウキの母親からだ。ユウキの家族とは、四十九日法要以来、会うことどころか、連絡さえとることもなかったのだが……。

「はい、もしもし……」
「アヤカさん! 今日からお盆、ユウキの新盆ですよ! お盆ぐらいは連絡ぐらいしてきたらどうなの?」

 こんなふうに始まった義母との電話が終わる。義母からは明日から三日間、つまりは十六日のお盆の送り火までユウキの実家、アヤカから見れば義父母の家にナツミを連れて泊りがけで来るようにいわれた。新盆であるということもあり、アヤカは断ることはとてもできなかった。

 翌、八月十四日の朝。
 同じ県内とはいえ、ユウキの実家はここなんかよりもっと「田舎」の海岸沿いの小さな町にある。だが、午前中の、しかもできるだけ早いうちには着くように義母からも指示された。アパートの近くのバス停から駅に向かい、さらにユウキの実家の最寄り駅までローカル線で一時間半。そこから更にバスすらもう廃止された道を行って数キロメートルの距離にあるのが、ユウキの実家だ。
 アヤカとナツミ、今日は朝五時起きだった。朝食として昨夜作り置きしておいたおにぎりをひとつずつ食べて、いつもは着ない「ちゃんとした服」に着替えて、朝六時半にはアパートを出た。これでもユウキの実家に着くのは九時過ぎにはなるだろう。

 ローカル線独特の「対面席」。それに向かい合わせで座るアヤカとナツミ。アヤカはその席の隣にできた空いたスペースに、背負っていた大きなリュックを置く。

「今日からおばあちゃんちだね!」
 ナツミはなんだか嬉しそう。鉄道の旅というのも久々、いやナツミにとっては初めてかもしれない。ナツミは今年「おばあちゃんち」で誕生日を迎えることになった。では、去年や一昨年の八月十五日ってどうやって迎えただろうとアヤカは思い巡らすがやはり記憶にはない。ただ、ユウキの両親、義父母と顔を合わせること、アヤカにとっては憂鬱極まりない。

 そんなアヤカの気持ちはつゆ知らず、だろうか。ナツミは車窓からの景色、あれこれ見えるたびに「あれ、すごーい。なんていうの?」と感激しながら質問していた。
 アヤカはナツミのために、沈んでいる自分の気持ちを抑えつつ、「あれは観覧車っていうんだよ」などと車窓越しに見える風景を一つひとつ解説していた。

(つゞく)

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