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「ここでは『呪い』を研究しています」1話

主な登場人物
滋丘葛葉(しげおかくずは):23歳女性。大学院生(博士前期課程/所謂修士)。肩につかないほどの髪、ファッションには興味がなく、Tシャツとジーパンでほとんど過ごしている。
湯川桜子(ゆかわさくらこ):39歳女性。国立大学教授。葛葉が所属する研究室の責任者(PI)である。長く伸ばした髪を背中で1本の三つ編みにまとめている。研究以外の生活がおろそかになるタイプの研究者。
安倍先輩:葛葉の先輩。26歳男性。大学院生(博士課程後期)。短髪、ポロシャツにハーフパンツのやぼったい格好をしている。

葛葉の姉:名前は玉藻。黒い長髪のおしとやかそうな見た目。
葛葉の母:姉と似て、おっとりとした雰囲気。
葛葉の父:七三のどこにでもいそうなサラリーマンの雰囲気。メガネ。



「葛葉ちゃん、朝だよ~」

姉の声に滋丘葛葉(しげおかくずは)が目を覚ますと、白装束に頭の鉄輪へロウソクを三本立てた――所謂「丑の刻参り」帰りの姉の姿が視界いっぱいに広がった。

作画補足:見開きないしは1ページいっぱいに「丑の刻参り」の格好をした女性で読者に印象付ける。

「おはよう」
物騒な格好と裏腹に、姉・滋丘玉藻(しげおかたまも)の顔にはニコニコと優しい笑みが浮かんでいる。
「ん……おはよう。あー、『お仕事』お疲れ様」
「ありがとね。それじゃあ私は寝ますので」
玉藻は葛葉が起き上がったのを確認して部屋から出て行った。そういえば、葛葉自身が寝る前に、姉へ朝起こしてくれるように頼んだのだった。

一階のリビングへと降りて朝食を食べ、支度をして家を出る。庭で草花の水やりをしていた父が、葛葉を見つけて「いってらっしゃい」と声をかけた。
「お父さん、今日からタンザニアの呪術の講習だっけ?」
「うん、十日間くらい居ないよ」
「わかった」

いってきます、と自転車にまたがり、葛葉は筑前(ちくぜん)大学高エネルギー研究センターへと向かった。

作画補足:
筑前大学は関東圏にある国立の総合大学。(イメージは筑波大学のようにやや郊外の広いキャンパスを有する大学。男女共学。)


筑前大学のメインキャンパスから少し離れたところにある高エネルギー研究センターは、大小あるが複数の加速器を有する、特別な研究施設だ。

学生たちのざわめきからやや遠のき、林のなかに突如ぽつんと無骨な建物が現れる。これが高エネルギーセンターだ。
今日はここの実験機器を使い、「藁人形」を使った実験が行われる。

葛葉は筑前大学大学院理工学部物理化科・湯川桜子研究室に所属する大学院生(修士2年生)だ。
そしてこの湯川研究室で扱っているテーマは「呪力」。
つまりは「呪い」である。


この世界には、四つのエネルギーが働いているとされている。
重力。電磁力。弱い力。強い力。
物理学では長い間、この四つのエネルギーの解明と観測、そしてこれらを統合できる究極の公式を探してきた。
それが、「力の超大統一理論」と呼ばれるものである。

しかし三十年前――ある男が、自然界に存在するエネルギーは、それだけではないと、主張したのだ。

主に魔法使いが使う――「魔力」。
死者やネクロマンサーが使う――「霊力」。
癒しや希望の力に関わる――「生命力」。
そして呪いに関わる――「呪力」。

この四つのエネルギーをまとめて一つの理論で考えることができれば、真の「力の大統一」が可能となり、この宇宙に存在するすべてのエネルギーを語ることができる。

男はそんな風に主張した。

男の主張に物理学者をはじめとした科学者たちはこぞって新しいエネルギーに対しての検討を行い――それから三十年の間に、「魔力」「霊力」「生命力」の3つをつなぐ理論はほぼ完成した。
しかし、「呪力」だけはまだまだ謎の多いエネルギーであった。

そんな「呪力」を科学的に研究し、「力の完全大統一理論」の解明への大きな一歩を目指しているのが、葛葉の所属する研究室だ。


管理人に見守られながら入所の手続きを終えて地下にある実験室に入ると、藁人形を止める予定の木に見立てて立てられたシリコン製の柱を、クーラーボックスを小脇に抱えた湯川桜子が、さまざまな角度から眺めていた。
伸ばした髪を無造作にまとめた三つ編みが、湯川の動きに合わせてぴょんぴょんと跳ねている。

「湯川先生、おはようございます」
「あ、滋丘さんおはようございます……っと」
湯川が、学生である葛葉にも丁寧に頭を下げる。その拍子に、着ていた白衣の胸ポケットへ刺していたボールペンが数本、ばらばらと床に落ちた。
湯川は三十代半ばで研究室を持ち、教授の職についている優秀な科学者であるが、研究以外のこととなるとどうにもそそっかしいというか、どんくさいところがある。研究者らしい性格といえばらしいが。

湯川が楽しそうに今日の実験について語るのを葛葉がしばらく聞いているうちに他の研究室メンバーも揃い、いよいよ実験がはじめられる。

「ふふふ、今日のは新鮮だよ」
そう言って、湯川桜子が抱えていたクーラーボックスを開けると、ビニール袋に包まれた藁人形が入っていた。
おお、と低めのどよめきが覗き込んでいた学生たちから漏れる。

「この藁人形、特別なツテを使って譲ってもらったんだ。都内の神社で、実際に打ち付けられていたみたい。おととい発見されたばっかりだから、まだ何かしらの呪力は有していると思うんだよね」

鮮度抜群!と湯川が興奮気味に笑う。うちに帰れば、一昨日どころかおそらく数時間前に姉が釘を打ち込んだ藁人形があるのだが、それは黙っておく。
というか、黙っておくしかない。
秘密なのだ。

滋丘家の家業が――「呪い代行」であるということは。

呪い代行、つまり依頼者から指定のあった誰かを呪う。シンプルな仕事だ。
祖父から聞かされた話では、滋丘家は古くは宮廷陰陽師を担っていた一族だったという。それが派閥争いやら、秀才の不在やらで徐々に没落し、江戸時代には食うに困って密かに「呪い代行」をはじめていたらしい。
今では陰陽道だけでなく、民間信仰や神道、呪術を取り入れて呪いなら何でもありのやり方になってしまった。

別に湯川たちが「呪力」を研究しているから秘密というわけではない。人を呪わば穴二つ、というように、基本的には「呪っている」という状態は、他人に知られてはならないものである。

「さて、それじゃあはじめましょう」
湯川の号令で、各々が決められた役割通りに散っていった。葛葉もハッと我に返り、指示されていた仕事のために動き出す。

今日の実験は、実際に丑の刻参りに使われたらしい藁人形に、決まり通り五寸釘を打ち込み、この施設にある目に見えないエネルギーを観測する機器で、五寸釘と藁人形がぶつかったときに生じるエネルギーを観測するというものである。

作画補足:エネルギーの観測機器のイメージは、スーパーカミオカンデの壁のように、電球のような丸い部品がたくさん並んでいるイメージ。藁人形の打ち付けられた柱の三方向を囲んでいる状態を機器が囲んでいる図をイメージしている。

シリコン製の柱に藁人形と一緒に入っていた五寸釘で固定する。同時に、五メートル離れたところにピッチングマシーンのように五寸釘を打ち出せる仕様にした専用の機器をセットする。
丑の刻参りで五寸釘を打ち付ける場合、振りかぶった腕と木の距離は一メートルをやや超えるくらいであろうが、それよりも長めにセットしてあるのは、五寸釘の先が藁人形、そして内部の呪う対象の髪や写真に打ち込まれる力が強いほど、呪力エネルギーの粒子が強く飛び散るというのは、葛葉の二つ上の先輩が論文にした成果によるものだった。
機器の性能から、コントロールが効くギリギリの距離である五メートルとしている。

葛葉は、この実験の準備をする時間が一番好きだった。実験を考えるために先行研究を調べる時間も、実験を見守る時間も、得られたデータを解析する時間も、その結果をプレゼンする時間も、どれも研究には必要だが、一番好きなのは、この準備中だ。
予想通りにいってほしいという祈りと、もしかして予想を裏切るとんでもない結果が出るんじゃないかというわくわく。相反する思いが心の中でまじりあう。

準備が終わり、いよいよ五寸釘が機器から打ち出される。
まっすぐに飛んだ五寸釘が、藁人形に深々と刺さる。

結果の表示されるモニターを湯川が真剣に見つめている。葛葉はその緊張した横顔を隣から眺めた。ほんの少し、口元がゆるむ。
どうやら、満足のいくデータが得られたらしい。




――藁人形の実験から一週間後。

「おはようございまーす」
葛葉が研究室のドアを開けると、葛葉より二つ年上の安倍先輩がテーブルに置かれた髪が伸びるという「呪いの日本人形」の髪をメジャーで測っていた。

「二週間で一ミリかー。人間の髪と比べたら、やっぱり伸びるの遅いよな」

ぶつぶつ呟く安倍先輩の横を通り過ぎ、自分の席に着いて来週に控えた論文ゼミ――気になる論文の内容を持ち回りで担当するものだ――の準備を進める。

そういえば、実験で良いデータが取れたとご満悦だった湯川は、この一週間、ほとんど教授室にこもりっぱなしだった。研究のためなら自宅に帰らず、シャワーすらスキップしてしまう人だから、そろそろ誰かが注意しないと、本格的に健康を害してしまうかもしれない。

葛葉が論文ゼミからの現実逃避にそんなことを考えていると、教授室のドアが思い切り開かれた。

「研究室のみんな! この前の実験結果、本当に素晴らしかったよ!」
目の下に濃いクマをつくった湯川が、嬉しそうに声をあげる。瞳だけはきらきらと、輝いていた。
「ものすごい発見をしたかもしれない! これで力の完全大統一理論に呪力も組み込めるかも! 興奮して一週間で論文書き上げちゃったよ。ということで、明日はこの大発見の記者会見を行います。みんな協力してね」

あー、と安倍先輩がスマホをいじりながら気の抜けた声をあげる。

「すげー、ニュースになってる。筑前大学教授が、呪力に関する重大な発見を行った、明日記者会見で詳細を発表する模様って。もうプレスリリース出したんすね、先生」

「………………………」
葛葉は嬉しそうに話し続けている湯川を見つめて、黙り込んでいた。
その視線には、喜びや驚きは感じられない。

――そうか。
考えてみれば、湯川をはじめとして、研究室の皆がこれだけ熱心に研究を続けていたのだ。
いつか、その結果が大きな成果に繋がるのは、おかしくないことだ。

だけれど。
葛葉は――素直に喜べなかった。

この研究室にいるものとして、喜ぶべきなのに。

ポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。
画面を見ると、父からの電話だった。

まあ、そうなるよな。
葛葉は納得する。
そして立ち上がり、廊下へと出た。

「もしもし?」
「く、葛葉? お父さんだけど……ニュース見たぞ」
父は小声だった。電話の向こうから、ざわざわと何か慌ただしい様子が漏れ聞こえる。
「筑前大学の先生が、呪力について重大な発見をしたって……呪力のことを解明したって、本当なのか?」
「……わかんない。私もさっき、先生から聞いたばっかり。どういう内容かは、教えてもらってない」
父は心の底からの、長いため息をついた。
「そうか……。なあ、葛葉。お前ならわかるよな? これがどういうことか」
「……うん。わかってる」

わかっている、はずだった。

「『呪い』とは本当に強いエネルギーだ。だからこそ、呪われる側の命にさえ干渉できるし、呪う側も命がけだ。そういう危険なものだから、今まで研究も進まなかった」
「うん」
「だが――『呪い』が科学的に解明されてしまえば、『呪い』の対策も可能になってしまうだろう。そうすれば、我々の仕事にも影響が出る。廃業するならまだしも、今までの呪いの代償が、還ってこないとも限らない」
「そうだね」
「だからな、葛葉。今は緊急の同業会だ。やるべきことは一つだと、みんな言っている」

――湯川桜子を呪い殺せと。

父は暗い声で、そう言った。

まあ、そうなるよな。
研究室のドアの向こうから、湯川が楽しそうに話す声が聞こえてくる。


(2話へ続く)

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