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「ここでは『呪い』を研究しています」2話

2話からの登場人物
ヘルメス・リドル・ファザーズ:湯川桜子の夫。41歳男性。オールバックで厳しい顔つき。「魔力」を研究する研究室に所属する准教授。じつは優秀な魔法使いであるが、正体を隠している(4話以降明らかになる)。


人を呪わば穴二つ。
呪いは失敗すれば、自分が死ぬ可能性も高い、命がけの行いだ。

葛葉が物心ついたときから、「呪い」の存在は身近にあった。
当然だ、家業が「呪い代行」なのだから。
大人にカテゴリされる家族全員――祖父、祖母、父、母――はそれぞれ何かしらの「呪い」の技術を取得し、誰かの代わりに誰かを呪っていた。
家族はみんな優しかった。
だから、家業が誰かを傷つけるようなものであることを認識したときは、とても悲しかった。
やがて、姉も当たり前のように家業に加わることになった。家族がみんな楽しく、苦労なく暮らすためにはお金はあった方がいい。
なるべく多くの、そしてより多彩な案件に対応できるように、姉は姉で自分なりに「呪い」を習得していった。
葛葉は姉と違って、「呪い」に手を出すことができなかった。
絶対に家業は継がないと、心に決めていた。
――自分が享受してきた「幸せ」が、誰かを苦しめた仕事のうえにあることが、受け入れられなかったのだ。
だが、家族を完全に否定することもできなかった。

だから、「呪い」を研究することを選んだ。

もしかすると仕事に役に立つかもしれないから――そう、家族を言いくるめて、筑前大学に入学し、湯川の研究室の所属を選んだ。
もちろん、家族でない者の誰にも家業が「呪い代行」であることは言っていない。みんな、葛葉の家は普通の仕事をしていると思っている。

少し考えれば、こういう日がくることはわかっていたのだ。
研究を進めていれば、発見をすることもあるだろう。湯川教授は生活においてだめなところが多いけれど、研究者としては優秀だ。

作画補足:過去回想である。



家に帰ると、父はまだ同業者たちと話し合いをしているとのことで帰っておらず、母には湯川の様子を聞かれた。
夜のニュース番組では世界的な大発見の可能性があると、明日の湯川の記者会見について報じていた。
「どういうことを発見したのか、聞いていないの?」
「うん……詳しくは教えてもらってない」
湯川は日常生活にだめなところはあれど、研究者としては立派だった。研究の世界は誰が一番に発見をするかということも、非常に大切な要素となる。重要な実験結果を得たところで、すでに誰かが発表していることであれば、発見そのもの価値は大きく下がる。(もちろん、価値がなくなるわけではなく、再現可能だったという科学的には重要な事実が得られるが)
そして研究者のライバルは、実質自分以外の全員である。ゆえに研究室の学生とあれど、記者会見を開くほどの重要な実験の結果を、漏らすことはしない。
「でも……なんとなく予想はつく」
葛葉は湯川と共に藁人形の実験をしていたのだ。あのときの実験目的は、藁人形に釘を打ち付けたときに発生するエネルギーつまり「呪力」の観察。そのエネルギーが、他の3つの力、魔力・霊力・生命力のどれかと関係するものであったのだろう。
今まで他の3つとまったく結びつけることができなかった呪力が、ついに同じ理論へ載せられる、その糸口を発見したのだろう。葛葉がそう伝えると、母はわかりやすく顔色を青くした。
「やっぱり、どうにか止められないの? その、発表を」
「私には無理だよ。学生だし」
「そう……」
落胆した様子の母をリビングに置いて、葛葉は部屋に戻った。
きっと今頃、父や母の同業者たちは、湯川を呪い始めているのだろう。



翌日、葛葉はすっきりしない頭を抱えて研究室へとやってきた。
すでに来ていた安倍が、葛葉と同じように頭へ手を添えて不機嫌な顔をしている。
「……あー、先輩。頭、痛かったりします?」
「痛いっていうよりは、なんだろう。だるい感じがする」
葛葉はため息をついた。
――これはおそらく、呪いの一種だ。
湯川個人ではなく、研究室全体に向けた、「まじない」と言った方が近いものだろう。
すでにさまざまな呪いが動き出しているのだろう。

湯川の様子はどうだろうと、教授室へ向かうと、ちょうど誰かが出てくるところだった。反射的に警戒するが、それは湯川の夫で「魔力」の研究をしている研究室の准教授・ヘルメス・リドル・ファザーズだった。
テストの出来が悪ければ容赦なく再履修させる、学生からひどく恐れられている先生だ。
「……滋丘か」
「はい。おはようございます……」
別に怒られることは何もしていないが、彼の厳しい視線に自然と声が小さくなる。
と、がちゃりと教授室のドアが開いて、湯川が顔を覗かせた。
「あ、ダーリン! 言い忘れたけど、一緒に食べようね!」
「そうだねハニー!せっかくの記念だから美味しいもの食べようね♡」
学生の前では眉一つ動かさないヘルメスの顔に甘ったるい笑みが浮かぶ。明るい声音も先ほど葛葉にかけられたものとはまるで違う。
彼は学生には厳しいが――対照的に、妻である湯川にはとことん甘いのだ。

作画補足:厳しい表情の次のページでデレデレしているとうように、ギャップが効果的にみえる展開にしたい。

ひとしきりいちゃついたあとに、ヘルメスはまたいつものポーカーフェイスに戻って、研究室から出て行った。
湯川はどこか安心した表情で、にこにこと彼を見送っていた。

「湯川先生」

葛葉は、意を決して、湯川に声をかけた。
何? と無邪気に彼女は首をかしげる。

「湯川先生……呪力は――漢字そのままですけど、『呪い』ですよね。なんというか、危ないもののイメージがある…んですけど、それでも湯川先生は、研究を続けるんですか」
葛葉は尋ねた。

湯川はほとんど躊躇いなく――即座に「うん」と答えた。

「研究を続けるよ」

まっすぐな視線が、葛葉を捉える。
それは確かに研究者の目だった。

「危ないものだけど、人の命に干渉できるほどの強いエネルギーなら、そのエネルギーの仕組みを知れば、逆に命を救うことができるかもしれない」
「新しい発電エネルギーになるかもしれない」
「……なんて、それらしいことを並べたけどさ」
「何より宇宙の真理に近づけるなんて、わくわくするでしょ」
湯川が語る。

ああ、そうだ。
自分の周りにあるさまざまなものが、目に見えない世界が、もしかすると自分の言葉で語れるのかもしれないというわくわく。
それは、研究以外ではなかなか味わうことができない。
だから、湯川も、葛葉も、きっと研究室の仲間たちも、研究を続けているのだ。

そうだ。
自分はもう――その楽しさを知っている。
研究のすばらしさを知っている。

葛葉は目を閉じた。

「先生」

そして、開く。
きっと今、自分の瞳はきらきらと輝いていると思う。

「絶対、ちゃんと記者会見して、世界に先生の大発見を知らせてくださいね」
「うん、わかった」
葛葉の言葉に、湯川が頷く。

どんな呪いが来ようとも、湯川の発表を、止めさせない。

「頑張ってくださいね、先生」
わたしも頑張りますから――と、心のなかで続けて、葛葉は湯川に背を向けた。

さて、それでは自分にできることをしなければ。
「呪い」のことなら、自分は他の人より少し詳しいのだから。

(3話へ続く)

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