あなたの料理がいちばんおいしい

長尾智子さんの新刊のタイトルを見て、もうそんなこと言ってくるなやと膝から崩れ落ちそうになった。あたたかくやさしい言葉で思わず目を細めた。

そのレシピ本が家に届き嬉しくて、さぼり気味だった料理をしようと久しぶりにキッチンに立った。

友人がくれた香川の裸丸麦に別の友人からもらったドイツのレンズ豆も入れて買っておいた佐賀のトマトでトマト煮込みにしようとウキウキしながらとりかかかった矢先に、表面を焼いた鶏肉を床に落としてしまった。

普段ならば、あー、やっちまったーと思って気を取り直すのだが、なぜだか今日はダメだった。
中でも一番大きい肉を落として悔しかったのか、目に涙が滲んで、なんでいつもこうなの!となった。
こういう日に限ってエプロンをしていないのだ。鶏肉を自分に向かってひっくり返したせいで、お気に入りのパンツもにんにくと油が飛び散って悲惨な状態に。
ベルトを床に叩き付けて、ちきしょーちきしょーって言いながら、スウェットに履き替えた。
一人で取り乱して、もう今日はやりたくない!って思い途中で料理をやめた。
でも、しばらくして、切った野菜悪くなるな…と思い直し、再びキッチンに立った。

このもったいない病というかケチ根性は祖母譲りである。

祖母は料理が好きで、とにかく食材を買い込む癖があり大量の料理を作る。そしてなぜか食べきれない量の米を炊く。平気で一升とか炊いてくる。そんなの食べれない。日本昔ばなしか。

祖父が3年前に亡くなった日も、米をたくさん炊いていた。
祖母は、祖父が亡くなったことでかなり気を落としていて何も食べれないと言い、叔母が用意した天むすを断った。しかしそのそばから、もったいないからと炊飯器の釜をそのままテーブルに出し直箸で釜から米を食べていた。一体どういうことなんだ、行動がめちゃくちゃである。

叔母が祖母を元気づけようとしたのか、生前の祖父の話をした。
「お母さん、でも、お父さん言ってたで、うちの料理がうまいから外の料理がまずいって」
祖母は、「そうや、せっかく外連れて行っても食べへんのや」と怪訝な顔をしながら言った。

え、照れ隠しならいいが、最強の褒め言葉言われてます、けど。
急遽、東京から三重に来たのもあって少し疲れていたので、わたしは茫然としながら話を聞き続けた。

その夜、ぼちぼち寝るかという時間に妹が手持ちぶさたになったのか、勝手に私のiphoneのカメラロールを観ていた。
そしたら、急に笑いを噛み殺しながら「…やばい、わたし不謹慎…!」と言い、肩を震わせていた。
なんだなんだ、と写真を観たわたしは完全に笑いをこらえられていなかった。

出てきた画面は、満腹による眠気で所かまわず腹を出して眠る祖父の姿だった。
しかも、腕が競泳の背泳ぎのスタート直後のように上にピンッと延びていて、かなり間抜けだった。わたしは、こういう猫をみたことがある。
多分、撮った日もおかしくて写真におさめたのだと思うのだけど、このタイミングで観てしまうのはちょっといけなかった。
その日は、こらえきれず笑いながら寝たけれど、2日後のお葬式では自我が崩壊するほど泣いた。


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