「白泉社らしい漫画」とは? 『大奥』完結に寄せて

2004年の連載開始より16年の長きに渡り続いた、よしながふみさんの『大奥』が見事に完結し、先日最後のコミックス第19巻が発売となりました。まずはめでたい!

 完結を記念してか、第19巻にはビジュアルファンブック『没日後録』が付属する特装版が刊行されました。これには、多くのカラーイラスト、マンガ家さんの寄稿、年表、堺雅人氏や磯田通史氏との対談が収録されていますが、その中で、福田里香さんとよしながさんの対談の一節がワタクシの目を惹いたのです。

福田 「『大奥』では、よしながさんが、がっつり恋愛の話に向き合ったなとも思いました。それまでは家族の関係を主に描いていると思ったのですが。」
よしなが 「はい。ここまでSF的な設定にして世界を歪ませると、私でも男女の恋愛が描ける!と思って。異世界の設定だけど、そこで起こることは非常に少女漫画的なんです。そういう意味では白泉社らしい漫画ですよね、最後までのびのび描かせてもらいました。」

 「白泉社らしい漫画」……。

 よしながさんはインタビューや対談の多い作家で、それらを読んでいれば、よしながさんが、70年代や80年代のかなり濃い少女マンガファンであることは、すぐにわかります。例えば、対談集『あのひととここだけのおしゃべり』(太田出版2007年/白泉社文庫2013年)でも、特に、福田里香さん、やまだないとさんとの鼎談、三浦しをんさんとの対談で、いわゆる「24年組」を中心としつつ、熱く様々な少女マンガへの思いを語りあっています。

 そこでよしながさんが挙げている白泉社の作品は『エイリアン通り』『日出処の天子』『綿の国星』『マルチェロ物語』『摩利と新吾』『はみだしっ子』『アラベスク』といったところで、なるほどその辺がよしながさんにとってストライクゾーンなんだなと思われます。

 なお、くらもちふさこさんについても熱く語っているのですが、そこではこんな発言もよしながさんはされています。

「くらもちさんをみたとき「職人」だなと思った。やっぱ「別マ」ってエンタメな雑誌なんだなと思って。白泉社ってそこからはみでた人の集まりじゃないですか。」

 また、『はみだしっ子』に関連してこんな分析も……。

よしなが 「『はみだしっ子』ってその後の白泉社の全てのマンガを決定づけちゃったマンガだと私は思ってるんですが。
やまだ 「理屈っぽくなった?(笑)」
よしなが 「(笑)白泉社のマンガって大体トラウマものなの。最近『フルーツバスケット』ってマンガを読んだのね。あれって、今流行っているマンガじゃない。でも、あれも出てくる男の子たちが全員、心に傷を持ってて、トラウマがあって、一見楽しそうなんだけど、みんなたいへんなの。で、やっぱり疑似家族なんですよね。みんなで集まって疑似家族を構成している。結局この人(三原順)が「花とゆめ」のラインを決定づけたみたいな感じ。だから、嬉しかったんですよ、『フルーツバスケット』読んで。やっぱり脈々と三原順先生の精神が受け継がれているって(笑)。」

 『大奥』もまさにそうした「疑似家族」の物語でもあるのは言うまでもありません。

 そして、『大奥』に関しても、『没日後録』の対談と同じようなご発言も……。

よしなが 「(前略)西炯子さんもそうなんだと思うんですけど、ボーイズじゃ描けないトランスジェンダー的なお話を結局「フラワーズ」で描いていらっしゃるし。クィアー的なものを少女まんがでお描きになる。」
三浦 「よしながさんもそうですよね。『大奥』は、これまでの少女マンガとBLを経て、今少女マンガではこういうことができる、っていう作品ですよね」
よしなが 「まあ、白泉社だから(笑)。(後略)」

 せっかく、三浦しをんさんがかっこいいことを言ってくださっているのにねぇ(笑)。

 こうやって『あのひととここだけのおしゃべり』と改めて突き合わせてみると、よしながさんが『大奥』の完結にあたっても洩らした「白泉社らしい漫画」という言葉にワタクシが引っかかったのも、理由が無いことではないなと、自分を正当化してみたりするわけです。

 もちろん、こうしたよしながさんの語りを待つまでもなく、そもそも『大奥』のあの世界観を<のびのび>エンターテインメントとして結実させてしまったことそれ自体を考えれば、「白泉社らしい漫画」とは、若き日のよしながさんが耽読し血肉としてきたけれども、もはや追憶の彼方ともいえる「古き良き白泉社らしいのびのびした少女漫画」的なモノがおそらくはイメージされていたのではないでしょうか?

 それはもう今となっては、あの頃の白泉社の少女マンガを、よしながさんと同じように読みふけっていた人たちにしか共有できないイメージかもしれず、今の白泉社の少女マンガからは『大奥』の掲載誌であり読者年齢層が比較的高めであろう「メロディ」においてすら、感じ取るのがかなり難しい(と思います)。「白泉社らしい漫画」とはもしかしたら、ある種の幻想なのかもしれません。

 とはいえ、「(古き良き)白泉社らしい(のびのびした少女)漫画」を、白泉社出身でもない(!)にも関わらず(もしかしたら、それゆえこそかもしれませんが……)、今もよしながさんが愛して信じている。だからこそ、この『大奥』を白泉社の雑誌で描き続けてきた。徳川将軍家の歴史をのびのびと紡いだ『大奥』は、少女マンガの有り様を拡げた白泉社の少女マンガの歴史を継いだ作品であるとも言えます。そんな文化的遺伝子が、大作・傑作として堂々完結したことに、ほぼ同時代に白泉社の少女マンガで人生を逸らされたワタクシは、いたく感動させられたのでした……。

追伸
 『あのひととここだけのおしゃべり』(太田出版/白泉社文庫)でよしながさんが語っていることは、ここで取り上げた「白泉社らしい漫画」の血脈ということだけでなく、様々な視点で『大奥』と非常に繋がっているので、未読の方は是非お読みすることをオススメ。

追伸その2
 正直どうでもいいことですが、ワタクシが人生を踏み外したのは「キャプテン翼」とそのパロディ・二次創作同人誌です……と、謎の自己主張をしておしまい(この文章、全文無料で読めますが、面白いと思っていただいたなら、よろしければ投げ銭して下さい)

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