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Sleaford Mods【2】ラジオ出演 - Iggy Pop からの "親展"

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 先月、BBC Radio 6 Music にて Sleaford Mods が Iggy Pop の代打を務めた番組が再放送された。現在も放送中の Iggy Confidential のエピソードで初回放送は2015年11月6日(以下、2021年10月~11月閲覧・聴取)。

 Iggy Pop は早くから Sleaford Mods のファンであり、同番組で彼らを「間違いなく、絶対に、世界で最も偉大なロックンロール・バンド」と称賛していた(註1)。そして今年 Sleaford Mods のアルバム Spare Ribs がリリースされた際には YouTube の記念配信に寸劇風に登場したり(註2)、ペットのオウムに「イギリス音楽だよ。鳥の歌なんだ」と言って彼らの代表曲のひとつ《Tweet Tweet Tweet》を聞かせたりと("Tweet = ツイート" とは本来「小鳥のさえずり」という意味)、その言動からは彼がいかにバンドを気に入っているかが見て取れる。


 ということで、2015年の DJ 代打も自然な流れだったのだろう。番組中 Sleaford Mods のふたりは繰り返し、しかしさりげなく Iggy Pop に感謝の気持ちを述べていた。Jason Williamson(シンガー、ライター)と Andrew Fearn(トラックメイカー)がほぼ交互に選曲する2時間であったが、そのジャンルの多彩さは「パンクしか流さないと思っていたリスナーには申し訳ないけど、そうはいかないんだ」という Jason の言葉からも明らか。

番組のプレイリストから Spotify で試聴できる曲


個人的感想と覚え書


Pixies《Vamos》
 Andrew が昔知り合いからもらった手作りカセットテープに入っていたらしく、このテープが彼にとって様々な音楽への入り口になったという。ライヴヴァージョンもかっこいい。

Two Lone Swordsmen《Patient Saints》
 それぞれ DJ やプロデューサーとしても活動してきた Andrew Weatherall(註3)と Keith Tenniswood により1996年に結成されたデュオ(Wikipedia より)。Jason は彼らのアルバムを聞いて「おどろおどろしいベースラインをミニマルなビートに乗せる」手法を思いついたらしい。

Baxter Dury《Cocaine Man》
 なんと、Baxter とは Ian Dury の息子さんだった! Jason は2000年代にリリースされたアルバム Floor Show を聞き、彼の奇を衒わないスポークン・ワードから大きな影響を受けたという。語りもコーラスも軽やかだが、安定感のあるドラムが全体を支えている。音は心地よく、言葉は小気味よい。サビの歌詞は以下のとおり。

「コカイン男がやって来た、奴が来た
 俺たちは愛想笑いを纏う、ひと晩中
 Lucifer's Grain に酔っぱらい
 永遠にこれが続くことを祈る
 コカイン男がやって来た、奴が来た」

 ここにある "Lucifer's Grain" とは Baxter Dury の別の曲のタイトル(前アルバム収録)であり、また Lucifer's Gold というウィスキーの名称にも重ねられているようだ。英語圏の音楽において度々コカインやアルコールは言及されるが、この曲の歌詞や声のトーンには虚無感が漂っており、必ずしも「コカイン男」を肯定している訳ではないと筆者は解釈した。
 ちなみに Jason は40代で断ヤク・断酒を決意し、今も継続している。また Jason はある対談で、90年代半ば「俺の友人の多くがコカイン中毒で Oasis のファンでもあった」と述べ、客観的根拠はないが、彼なりに当時の様々な背景を紐づけ Oasis の音楽が労働者階級の男性たちに及ぼした影響を指摘した(註4)。このような発言は Oasis にとっていい迷惑だと思うが、彼らのヒット曲のひとつ《Cigarettes & Alcohol》には「白い線をやっても当然だ」というくだりがある。この曲の登場人物にはまともな仕事がなく、タバコや酒に逃げるしかないと嘆いている。同じ労働者階級出身でも Jason は彼らについて独自の見解をもっているようだ。 
 ドラッグやアルコールとの関連性が高い音楽がファンに及ぼす影響は皆無とは言えないが、原則として表現の自由は担保されるべきだと筆者は考える。当然ながらそういった音楽を聞いた全ての人が依存症になる訳ではないことも強調したい。Oasis の音楽や、例えばドラッグとの親和性が高いとされるアシッドハウスやサイケデリックといったジャンルも日本では薬物と無縁で楽しんでいるファンの方が多数だと思うし、「断ヤク・断酒」した人が素面でもなお音楽を楽しめることは Jason が実証してくれている。

The Jam《Tales from the Riverbank》
 Jason が The Jam のファンであることは方々で語られているが、パンク全盛期のものではなく後期の曲を選んでいるところが興味深い。哀愁と爽快さが同時に感じられる音調は The Style Council に通ずる気がした。

"Guilty pleasure" について
 "Guilty pleasure" とは「個人的には良いと思ってても他人に知られたら恥ずかしい趣味」を指す俗語である。番組中盤このテーマが話題に上り、ふたりは少々毒づきつつも楽しそうだった。Andrew にとってはメタルバンドの一部がそれに当たるそうだ。メタルやハードロックは往々にして "guilty pleasure" として聞かれている印象があるが、最近発売された UNCUT 誌 Sleaford Mods 編集長版の表紙には堂々と Guns N' Roses の名があった。

Shellac《The Rambler Song》
 Andrew 選。Nirvana を思い出したが Kurt Cobain より声もギターも少し生々しい。おそらく放送されたのはアナログ盤だったので余計に迫力を感じた。シカゴ出身のバンドらしいが(Wikipedia より)彼らの名もまた上記 UNCUT 誌の表紙に刻字されているので、Sleaford Mods にとって重要な存在なのだろう。

Laurie Anderson《O Superman》
 戦後生まれながら現役のアーティスト兼ミュージシャンで、亡き Lou Reed の奥方でもあった Laurie Anderson。1982年のデビューアルバム Big Science より。ミュージックヴィデオからは彼女のパフォーマンス・アーティストとしての一面も感じられる。音楽もヴィデオもアヴァン・ギャルド。

Half Man Half Biscuit《Reflecions in a Flat》
 1985年のファーストアルバムより。当時 Half Man Half Biscuit は "joke band"(いわゆるコミックバンド)と揶揄されていたそうだ。しかし少なくとも筆者がイギリスに滞在していた2000年代にラジオや友人宅でよく彼らの曲を耳にしたので、長年のファンも少なくないはずだ。
 Andrew は16歳頃このファーストアルバムを真剣に(seriously)聞いていたことを振り返る。Jason はそれを受け、彼らの音楽の「根底には常に深刻さ(seriousness)が表現されていて、そこにちょっとコメディーが乗っかっている」と呼応した。Andrew が選曲した《Reflections in a Flat》も曲調のラフさから聞き逃すところだったが、歌詞はなかなか衝撃的である。悲劇的な形で幼馴染のガールフレンドを失うが何とか人生をやり直そうとする男の物語で、後に彼は Marks & Spencer's(註5)で働く「妻」を迎えに行く。そしてイギリスのテレビ司会者、ガボンやチェコの大統領・政治家の名前が何の脈略もなく登場する。これらの人物名について政治的読解が可能かどうかは微妙なところで、むしろシュールで滑稽な印象がある。
 Andrew は深刻さと滑稽さが入り混じった表現を「イギリス的」だと感じていて、「怒りの発散方法」として「自分たちを笑い飛ばす」ことが必要だと述べている。Sleaford Mods もまたそれを体現しており、おそらくその「笑い」の面を強く受け止めた一部の人からは "joke band" だと思われていたそうだ。
 しかし殊に Half Man Half Biscuit は「半分ビスケットで出来た人間」というバンド名からして冗談っぽい。上記ファーストアルバム Back in the D.H.S.S. も Beatles の《Back in the U.S.S.R.》を捩っており、Andrew がこのタイトルを口にする度に Jason は吹き出していた。D.H.S.S. はイギリスの旧省庁 Department of Health and Social Security の略(Wikipedia より。厚労省的なところだろうか)。当アルバムには他にも Velvet Underground & Nico の名曲《Venus in Furs》(毛皮のヴィーナス)を捩った《Venus in Flares》(フレアを履いたヴィーナス)という曲がある。多くのミュージシャンが60年代ロックを称賛するなか、こんなにあからさまにいじるとは。大胆で、可笑しくて、でも「根底には常に深刻さ」がある。Sleaford Mods の音楽と大いに共通するではないか。

Dedicated to...
 Jason が友人や家族(「美しい妻と可愛い子どもたち」)に曲を捧げる場面は微笑ましかった(註6)。番組終盤では Hot Chocolate(≒ホットココア)による《So You Win Again》(「結局またあなたの勝ち」)が Sleaford Mods の当時のマネージャー Steve Underwood に捧げられた。「今ごろツアー・ワゴンでしんどい思いをしてる彼に」と述べつつ失笑するふたり。
 2015年と言えば彼らが国内外で大型ツアーを体験し、転機となった年だ(註1)。番組全体を通してふたりの口調はトーンが低めで落ち着いているように聞こえたが、もしかして単にツアーの合間で疲れていたのかもしれない……。彼らの成功を多いに支えた Steve に、甘くてソウルなこの曲が届いたことを願う。

The Stooges《1970》
 Iggy Pop への敬意を表して、これが最後の1曲となった。


上記 Spotify プレイリストに含まれない楽曲

The Irresistible Force《Symphony in E

Photek《Ni Ten Ichi Ryu (Two Swords Technique)

Me and Mr Jones《Plug

Le Sarge En Board《Through the Robot Chicken Shed (Andrew Weatherall remix)

Shellac《The Rambler Song

2021年12月追記

 Laurie Anderson の曲は Jason の奥さん、そしてバンドの現マネージャーでもある Claire からのお勧めだったそうだが、どうやら Andrew も上記のアルバムを持っているようだ。ちょっと心躍る小ネタ。

そして添えられている言葉も素敵。力強いがシンプルな表現なのでツイッター/グーグル提供の翻訳がまあまあ機能している(yr は year じゃなくて your と読み替えれば)。
 もうひとつうれしい小ネタが。Jason は2017年に Baxter Dury の作品に参加している。アルバム Prince of Tears 収録の《Almond Milk》では Baxter Dury の発声に合わせていつもよりゆるめの Jason の語りが楽しめる。


註・参考資料

註1:映画 Bunch of Kunst: A Film about Sleaford Mods(Christine Franz 監督、2017年):上述の Iggy Pop の文言を含むプレビュー

註2:YouTube Sleaford Mods - SMtv - Spare Ribs Special(2021年1月17日生配信)

Iggy Pop による幕間の寸劇 Part 1寸劇 Part 2寸劇 Part 4
寸劇 Part 3:よく見ると、ここで Iggy Pop が胸に携えているのは Jason による詩集 Grammar Wanker: Sleaford Mods 2007-2014(Bracketpress、2014年初版)である。なんとも愛のある演出! もとは「コンピレーションアルバム All That Glue のプロモーション用に」始めたショート動画シリーズ "Late Night With Jason" の Spare Ribs 用エピソード。Iggy Pop のオリジナルヴァージョンもいいが個人的に Bobby Gillespie の回(2020年11月9日更新)がツボだった。


註3:Andrew Weatherall は Happy Mondays、New Order、The Orb、My Bloody Valentine 等のリミックス作品でも評価されており、プロデューサーの代表作としては Primal Scream のアルバム《Screamadelica》(1991年)が挙げられる。昨年2020年に亡くなったことを受けて、Happy Mondays の Shaun Ryder は YouTubeの Happy Mondays - Hallelujah (Andrew Weatherall & Paul Oakenfield Club Remix) 概要欄にて追悼の意を示している。

註4:Idler TV: A Drink with Jason Williamson of Sleaford Mods(2021年1月15日更新)

註5:イギリスの大型スーパーマーケット。Sleaford Mods の《Top Room》冒頭でも言及されている。

註6:Jason の発言やエピソードからは家族愛が感じられることが多々ある。特に以前ツイッターで「長女が描いた弟の肖像画」を「社会啓発的セリフ付き。とても誇らしい」と紹介していたことが何だか忘れられない。絵を見る限り、お父さんの姿勢が娘さんに受け継がれている様子……。つい笑ってしまったが、この頃のイギリス国内の状況が垣間見られて切なくもあった。


歌詞参考:https://genius.com/


*当記事における歌詞等の引用は全て筆者による翻訳と解釈であり、個人研究を目的とします。
*各作品および歌詞の権利はその作者と演者に帰属します。

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