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あなたの心の片隅に残りますように——菅井友香 櫻坂46卒業に寄せて

2017年1月14日放送「炎の体育会TV」で、障害馬術の大会に挑むその人の懸命な姿に惹かれた。
番組終盤で、当時リリースしたばかりのシングル『二人セゾン』の宣伝として、あの深い赤色の衣装で特徴的なダンスを踊っていたのが印象に残っている。
「体育会TV二人セゾン新規」。

それが、菅井友香さんとの出会いだった。



欅坂46はその2週間前の紅白歌合戦にデビュー8ヶ月での初出場を果たしていて、『サイレントマジョリティー』を披露しているのを目にはしているはずで、ただそのあたりのことはあまり記憶に残っていない。AKB48のファンである自分にとっては、新しい坂道グループができて世間では流行っているらしい、くらいの認識だったかと思う(『サイレントマジョリティー』は好きでよく聴いていた)。

だからそのときテレビの画面越しに覚えた菅井友香さんが、最初にちゃんと認識した欅坂46のメンバーで、以後いわゆる推しメンになる人だった。こうして思い返すと極めて地上アイドル的な出会いをしているな。

色々な動画などを見るうちに、真面目な人柄、お嬢様キャラ、滑舌、声や表情などのパーソナリティをより好きになっていった。
また当時リリースされていた3曲のシングルを筆頭に、グループの曲もとても好みだった。3枚目までなら『二人セゾン』が特に好きなのでハマった時期としては正解だったかもしれない。


とはいえ当時はあまり頻繁にライブに行くような習慣もなく、在宅で歌番組に出ている姿を楽しむライトな時期が長く続いた(というか、今に至るまでほとんどそう)。


先に生で観ることができたのはひらがなけやきの方だった。2017年冬の全国ホールツアー。その後、2018の夏の全国ツアーに誘ってもらって、福岡公演に参戦することになった。

8月12日のDay2公演、アリーナ指定席の座席位置がなんと、アリーナ中央の花道横3番目だった。
前方メインステージ、後方サブステージ、その間の移動とどこも見やすい座席位置に感謝しながら公演を楽しんでいると、ライブ後半。

『風に吹かれても』が流れ、メンバーが長い花道に横並びになるフォメーションを作った。位置の入れ替えを挟みながら、2番のサビだったと思う。アリーナ中央、自分の指定席の椅子が並ぶ列と花道が交差する、いわゆる「ゼロズレ」の位置に、菅井さんが立った。

そんなことある?と思った。広いアリーナ会場に、20人以上メンバーがいる中での、どんぴしゃな位置。間に人が2,3人しかいない目線のすぐ先で、『アンビバレント』の白いモードな衣装で『風に吹かれても』のダンスを楽しそうに踊る推しの姿を、幸せな気持ちで眺めていた。
彼女を応援していて最も嬉しかった瞬間のひとつだった。



相次ぐメンバーの脱退、そしてその先の改名、感染症の流行と激動の時代にあっても、謙虚に、誠実に矢面に立ち続けた姿は、推しとしてとても誇らしいものだった。

2020年秋、欅坂46ラストライブ、無観客配信公演2DAYS。
あまり熱心なファンとは言えなかった自分にとって、このターニングポイントをメンバーやファンダムと共有することができたのは配信文化の普及のおかげであり、暗いコロナ禍の怪我の功名のひとつであった。

『サイレントマジョリティー』を踊り終えて、声を震わせながら「以上、欅坂46でした」と叫ぶように挨拶した壮絶な表情を、そしてその後たった数分の転換の間に完璧に気持ちを切り替え、新グループとして『Nobody's fault』をお披露目した精神的な芯の強さを、よく覚えている。


真摯に、誠実な言葉を紡ぐアイドルだった。グループに大きな動き(特にネガティブなこと)があると、いつも「ゆっかーのブログ」がトレンドに上った。時に自身も葛藤しながら、でもまず第一にはファンを安心させるための、まっすぐな言葉が並んでいた。
歌番組でも、ライブでも、何かある度に真っ先にコメントを求められるポジションにあって、アイドルとしての彼女の歴史はそのまま、彼女がグループについて語った言葉の歴史だった。
それは昨日の卒業ライブの演出の端々に現れた彼女の言葉たちを見ればよく分かることだっただろう。



欅坂のovertureで幕を開けたアンコール、『不協和音』のイントロが鳴ると、声出し規制の中思わず漏れ出たようなどよめきが東京ドームを揺らした。

圧巻のパフォーマンスだった。

かつて絶対的なセンターの元で「魔曲」とも呼ばれたその曲の重み、欅という大きな、時には大き過ぎた樹が落とす影。そんな暗いものを微塵も感じさせず、かと言って過去を否定するのでも払い除けるのでもなく、櫻坂での経験を踏まえた上で自分たちのグループの歴史の中に包み込んで魅せた、そんな懐の深いパフォーマンスだった。
『不協和音』と続く『砂塵』を歌い踊る彼女たちは、欅坂46、櫻坂46、どちらの顔にも見えていた。

『不協和音』の終盤に見せた、楽曲を体現する不敵な笑みとも、やり切った喜びともとれる笑顔。
2つのグループの歴史をこうした形で接続することは、改名発表時に「今まで大切にしてきたものを1度手放すことで、空いたスペースは本当に大事なもので満たされるんじゃないかなと思っています」と述べた彼女が、最後にやり残したことだったのかもしれない。
「それぞれの楽曲、それぞれの良さがあります。どちらも愛してください」という言葉が響いた。
それはきっと彼女にしかできない、彼女が率いたグループだからこそ成し得たことだったと思う。



良く似合う綺麗なドレス姿で最後に披露した卒業曲、『その日まで』。
誇らしげな笑顔で歌い切った彼女は最後の挨拶で、「ここまでグループを守るために闘ってきました」と口にした。その言葉の裏にどれほど大変な日々があったのだろう。そして彼女はやはり「グループを守る」立場であり、彼女の活動は「闘い」だったのだ。その事実に改めて苦しい気持ちになり、尊敬の念を覚えると共に、今日という晴れやかな舞台、幸せな時間が彼女のために用意されていたことを嬉しく思った。


距離の近い存在ではなかったし、決して熱心なファンとは言えなかった。それでも、応援しているメンバーが彼女で良かったと、節目節目で思わせてくれる誇らしい存在だった。これからもきっと心の片隅に残り続けるアイドルだと思う。


新たなステージへ向かう彼女のしあわせな未来を祈って、その日まで。
ご卒業おめでとうございます。


2022.11.10 菅井友香 櫻坂46卒業に寄せて



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