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三国志13 蜀志劉備伝 #15

勇将顔良

185年4月

 徐州の孫堅軍と幽州の劉焉軍との同盟をまとめた劉備は共同作戦の準備の為本拠地の南皮城に帰還した。その途上で呉巨に遇い南皮に武勇に優れた武人がいるとの噂を聞く。黄巾の残党主力との決戦を控えた劉備はその噂の人物を劉焉軍に加えるべく南皮の街中に出て調査を開始していた。

 4月8日、調査から10日後にその名が判明した。徐州からの隊商を襲撃した盗賊数十人が用心棒をしていた若武者に返り討ちにあったと評判になっていた。

 その若武者の名は顔良という。以前討伐に向かった南皮の官軍でも歯が立たなかったという猛者揃いの盗賊団を瞬く間に打ちのめしてしまったというから、その武勇の程は推して知るべしであろう。顔良は河北一帯を武者修行中で今は隊商の宿舎に滞在中とのこと。

 「南皮に武勇に優れた顔良という人物を発見致しました」

 劉備は調査結果をすぐに劉焉に報告した。

 「流石は劉備、褒美を取らす」

 劉焉は報告を聞くと金一封を劉備に下賜し、その労をねぎらった。

 「顔良は冀州随一の武人と言えましょう、登用なさるべきです」

 劉備は劉焉に顔良の登用を進言した。

 「良かろう、幾ら出してもかまわん、我が軍に加わるよう説得して参れ」

 劉焉は進言を了承し、すぐさま顔良の宿舎に劉備を派遣した。

 「ほほう貴殿があの劉軍師とな、一度話してみたいと思っておった」

 用心棒の仕事は隊商の次の旅まで暫く無いようで、昼間から酒を痛飲する顔良に、劉備は仕官の話を持ち掛ける。

 「劉幽州の配下に加わり、黄巾の残党討伐にその武勇を貸していただけませんか」

 「ふむう、堅苦しい話は抜きじゃ、まず酒を飲もうぞ、劉軍師よ」

 顔良はしたたかに酔っており、まともな話が通じる様子ではない、それから顔良の酒に付き合う日が数日続いた。

 「俺は小賢しいことは好かん、お主も武人ならば武勇を示せぃ。俺を黙らせる程強ければ頼みを聞いてやらんこともないぞ」

 説得開始から十日後、やっと顔良の本心を劉備は掴んだ。

 「力でねじ伏せてみよとのことですか、いいでしょう貴殿の武勇はこの劉玄徳がもぎ取って見せましょう」

 劉備は顔良の挑戦を真っ向から受けて立つことにした。

 顔良は武術に相当の自信があるようで、一騎討ちの技量も達人の域に達していると酒の席で豪語している。劉備もそれなりに腕に覚えがあり、一騎討ちも巧者といえるが力量は明らかに顔良の方が上と見えた。

 南皮城外の荒野の一角で、互いの騎馬が交錯し青白い火花が散る。顔良優勢で一騎討ちが始まる。

 「うっ腕が痺れる、何という重撃よ」

 劉備は顔良の膂力に舌を巻いた。これは孫堅殿と同等の武の怪物だな。しかし、関羽、張飛程の強さではない。

 劉備はこの数日、注意深く顔良を観察しその性格を把握していた。顔良は勇は群を抜くも知が足りない猪武者であった。武の力量でやや劣る劉備の勝機はその一点を逆手にとることだけである。

 顔良は頭に血が上っていて一撃でこの勝負を決めてしまおうとするのが見え見えだ。まずは猛攻を凌いで反撃の機会を窺おうか。劉備は仕掛けると見せて顔良の一撃を受けきる万全の態勢を整えた。

 「どぉぉぉぉりゃぁぁぁ」

 一合目、顔良は猪突猛進、得物の大刀をしごいて必殺の一撃を繰り出してきた。事前の読み通り劉備はその一撃を肩口に多少の傷を受けたものの防ぎきる。必殺の一撃を躱された顔良は闘志をすべて出し切って、劉備は逆に一つ闘志を高めた。

 「ぬぬぬ、わが一撃を受けよ」

 顔良は猛烈な攻撃をしかけてきた。首筋を冷たい刃が掠めていくが、劉備はまたしても二合目の攻撃を防ぎ、闘志をまた一つ高めた。顔良は未だ無傷で優勢、劣勢の劉備はそこそこの痛手を受けている。

 「ここで負けては雲長に合わせる顔がないな」
 
 劉備は関羽との絆を思い出しその闘志をひとつ高めた。

 「逆転の機会はここしかない」

 十分に闘志を漲らせた劉備はここが勝敗の分かれ目と必殺の双剣を放つ決意を固めた。

 「ここが勝機っ」

 劉備が繰り出した乾坤一擲の双剣はすれ違いざまに顔良の大刀をすり抜け二筋の大きな痛手を与えた。常人ならば体が四つに分かたれているところだが、流石に顔良は紙一重で致命傷を回避している。これまで劣勢だった劉備は三合目を打ち終わって、ほぼ互角の勝負に戻した。但し劉備には闘志が漲っているが、顔良からは既に闘志が消え失せている。

 「守りの隙を打ち崩すっ」

 四合目、顔良は守勢に回ったが、それを読み切った劉備が防御態勢を崩す牽制攻撃を繰り出した。顔良は右脇腹を負傷し大きく体勢が崩れてしまった。これでほぼ勝敗は決した。形勢は劉備優勢に傾き、体勢が崩れ闘志が尽きた顔良にはもはや挽回の手だてはない。

 「俺の大刀を喰らいやがれぃぃ」

 顔良は必死の形相で打ち掛かってきたが、最後まで顔良の攻め筋を読み切った劉備がその攻撃をぎりぎりのところで防ぎ止めた。顔良と劉備の一騎討ちは僅差で劉備の優勢勝ちとなった。

 「辛うじて勝てましたか・・・」

 読みを一つでも過てば討ち死にしてもおかしくない剛勇の士であった。味方にできれば極めて心強いことだと劉備は思った。

 劉備が顔良を打ち破るとの一報はまず南皮城中を駆け巡り、その後劉備の勇名は天下に轟くこととなる。

 「何ということだ、あの顔良の猛攻を凌ぎ切り僅かの隙を逆転の好機としてしまうとは・・・」

 やや遠方から劉焉の密命で一騎討ちの様子を窺っていた鄒靖将軍も二人の凄まじい武技に舌を巻いていた。特に劉備の堅実な剣捌きには鄒靖も魅了されたのだった。

 「負けた負けた、お主の実力はようわかった、俺は強い者にしか従わぬ」

 顔良はすっきりとした表情で劉備の肩を叩いてきた。

 「酒代稼ぎの用心棒は今日で仕舞いじゃ、黄巾討伐に力を貸そうではないか」

 顔良はあっさりと仕官の話を纏めると、隊商の主に豪快な別れを告げた。

 「顔良殿お力添え感謝致しますぞ」

 劉備は顔良を伴い、劉焉に勇将登用の成功を報告するため南皮の政庁に向かったのであった。

登場人物

劉備 ・・・ 主人公。字は玄徳。劉軍師とも呼ばれる。幽洲涿郡涿楼桑村の出身。漢の皇帝の末裔であったが、父が早く亡くなり家は没落、筵を売って生計を立てていた。身の丈七尺五寸(約173センチ)、大きな耳をしている。武器は家宝の双剣『雌雄一対の剣』。現在は劉焉軍の軍師として孫堅軍との同盟を締結させ、共同作戦の準備を進めている。

孫堅 ・・・ 字は文台。孫徐州とも呼ばれる。揚州呉郡の人。孫子の末裔を自称し、十代での賊討伐を切っ掛けに頭角を表す。若くして出世し、現在は徐州刺史。統率力、武勇に優れ、知勇兼備の英傑である。性格は豪胆。多くの兵士を従える威風を全身から発している。戦においては獅子奮迅の働き振りで自部隊の攻撃や士気を極限まで高め、周囲の部隊に兵撃を与える戦術を使う。武器は名品古錠刀。孫策、孫権の父。劉備とは朋友の絆を結んでいる。

呉巨 ・・・ 劉焉軍の武人。劉備に登用されて劉焉に仕えている。戦場では弓矢を防ぐ術を持つ。黄巾討伐の南皮城攻略戦では騎兵を率いて戦った。性格は小心で強欲。現在は平原にて張飛と国境警備の任に就いている。

劉焉 ・・・ 字は君郎。劉幽州とも呼ばれる。漢室の末裔で幽州を統べる刺史(行政長官)。文官としての才能には秀でるが軍事には疎い。その為、黄巾の乱鎮圧に優秀な武官を必要としている。性格は冷静沈着だが強欲。子に劉璋がいる。現在は本拠地を冀州の南皮に移し、私財を増やす為部下に南皮での収奪を密命した。水面下で十常侍と接触し、黄巾の乱平定後の未来を強欲に画策し始めている。

顔良 ・・・ 河北を武者修行中の若武者。勇猛を誇る大刀の使い手。一騎討ちは達人の域に達している。隊商の用心棒をして名だたる盗賊数十人を返り討ちにしたことから南皮で評判となっていた。劉備に仕官を勧められるも、強い者にしか従わないと一騎討ちを挑んだ。武術の実力は劉備を凌駕するものの、猪突猛進の性格を逆手に取られ僅差で敗れる。劉備の説得を受け入れ劉焉の武官として仕官した。

関羽 ・・・ 字は雲長。桃園の誓いを結んだ劉備の義兄弟(次兄)。司隷河東郡解県の出身。なによりも義を重んじる豪傑で、極めて優れた武勇の持ち主。身の丈九尺(約207センチ)、赤ら顔で鳳眼、長く美しい髭をたくわえている。武器は重さ八十二斤(約18キロ)の大薙刀『青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)』。現在は南皮にて劉焉軍の軍事重臣を任されており歩兵の調練に務めている。

張飛 ・・・ 字は翼徳。桃園の誓いを結んだ劉備の義兄弟(末弟)。幽洲涿郡の出身。猪突猛進で直情径行な暴れん坊。関羽に並ぶ程の卓越した武勇の持ち主。酒乱。身の丈八尺(約184センチ)、豹のような頭にギョロっとした目、顎には虎髭という容貌。武器は一丈八尺(約413センチ)の長矛『蛇矛(だぼう)』。現在は平原にて呉巨と国境警備の任に就いている。

鄒靖 ・・・ 劉焉直属の将軍。最初に劉備、関羽、張飛の義勇軍の実力を認め劉焉に推挙した人物。尚武の気風を重んじるが、将軍としての能力はやや見劣りする。冷静沈着な性格で劉焉からは大きな信任を得ている。現在は内政重臣に任じられているが内政は得意ではない。

用語説明

黄巾の残党 ・・・ 太平道の教祖である張角が主導した大規模反乱の勢力。目印に黄色の頭巾を被った。主導者の張角は既に処刑され、現在は弟の張宝が跡を引き継いでいる。残党と言われるも依然勢力は強大。

徐州 ・・・ 漢代中国の十四に分かたれた行政区分のうちの東方の州。徐州の都城は下邳、琅琊、広陵。現在は孫堅が州刺史として各都城の太守を監督している。

幽州 ・・・ 漢代中国の十四に分かたれた行政区分のうちの東北の州。幽州の都城は薊、北平、襄平。現在は劉焉が州刺史として各都城の太守を監督している。

冀州 ・・・ 漢代中国の十四に分かたれた行政区分のうちの黄河の北に位置する州。冀州の都城は南皮、中山、鉅鹿、甘陵、鄴。現在黄巾党から奪還した冀州の都城は劉焉が監督している。

南皮 ・・・ 冀州の都城のーつ。後漢から三国時代の華北における重要な都市。黄巾党から劉備が奪還した。劉焉はここに本拠地を移した。

大刀 ・・・ 長柄の先に大きな刃を付けた武器。重量をいかした斬撃で敵を切り裂く。

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