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三国志13 蜀志劉備伝 #19

小沛の戦い

185年8月

 済北城を黄巾党から奪還した劉備率いる劉焉軍三万八千は小沛の東で交戦中の友軍孫堅軍一万五千の救援の為、小沛城を目指し南進していた。その進軍途上驚くべき情報がもたらされた。小沛に先行させていた偵察隊は、小沛城に黄巾党の党首張宝が総勢二万で入城していると劉備達に告げたのだった。

 8月1日、劉焉軍は小沛の目前に迫っていた。物見の詳しい報告によると、黄巾の軍勢は2つに分かれて小沛城に駐屯しているという。

 軍勢の一つは黄巾の党首張宝が率いる二部隊で兵力は一万二千。部隊長は程遠志。

 もう一つは張曼成の軍勢で兵力は一万、二部隊あり部隊長に鄧茂という編成だ。

 彼我の兵力差をみると劉焉軍が優勢であるが、城攻めを行うとなると苦戦になると思われた。

 「野戦に持ち込めるとよいのだが」

 劉備は将兵を攻城戦で強攻させ無駄死にさせるような冷酷な将ではない。将兵の損害を最も抑えることができる戦術を劉備は常に考えている。

 「兄者ぁ、また罵声を浴びせて誘き出すかぃ」

 以前、南皮城攻略戦で程遠志を誘き出した罵詈雑言に自信を持っている張飛はもう一度その役をやりたそうだ。

 「張宝はそれほど愚かではあるまい、それに程遠志は一度その手で痛い目をみている、兄者、某に一計がございます」

 関羽は劉備と張飛に耳打ちすると、簡雍を呼んで指示を出した。

 「守備兵どもよ、小沛城内には兵糧なし、籠城は飢え死にするのみぞ」

 関羽は小沛守備兵に向かって大音声で告げると、簡雍に兵糧を山のように積んだ空の陣を小沛城外に二つ設置させた。

 張宝が小沛の民衆から強制的に食糧を徴発したという情報を関羽は独自に掴んでいたのだ。城内には兵糧が三千三百石程しか残っておらず、それはつまり小沛の兵糧が底を突く状況ということを示していた。

 目の前に旨そうな餌を積まれた餓狼の群れは自らの危険を顧みず巣を飛び出して喰らいつく。

 「雲長、見事な策よ」

 劉備は関羽の策によって小沛守備隊の全軍が城外に出撃したことを確認し、野戦によって兵力差で優利な展開に持ち込めることを喜んだ。攻城戦を強行するよりも将兵が無駄に死ななくてすむからだった。

 8月2日、小沛郊外で両軍が対峙、兵糧を積んだ陣目掛けて黄巾軍は進軍を開始した。

 8月3日、敵将張曼成と程遠志の部隊は兵糧が積まれた空の陣を強襲。劉備、関羽、張飛の軽槍兵二万五千は本陣に第五軍張純の軽騎兵四千を残して迎撃に向かう。また、劉備は敵将鄧茂が狙うもう一つの陣に第四軍張挙の軽騎兵八千五百を差し向けた。

 8月4日、早朝、日もまだ昇る前を好機として劉備、関羽の軽槍兵隊が敵将張曼成と程遠志隊に襲いかかる。敵の側面、柔らかい脇腹に奇襲の一撃が加わり敵の部隊は大打撃を受けた。敵将程遠志の軽騎兵隊は戦闘が始まると一目散に離脱、もう一つの陣へ目標を変えた。

 「黄巾による非道、ここで終わらせるぞ」

 劉備と張飛による大義の采配が全軍の士気を高めていく。将兵の殆どが何かしら黄巾党の非道を目の当たりにしたり、近親者が被害を被っているのだ。何としても乱を終結させたいと言う思いは皆同じだった。

 8月9日、敵将張曼成の軽槍兵が潰走を始める。劉備達の猛攻に5日間も持ちこたえたのは、妖しい秘術で強化されているからであろうか、異様な呪文を唱え痛みを感じない不気味な兵士が特攻を仕掛けてきたという報告が劉備のもとにあがっている。

 8月12日、もう一つの陣を守備する第四軍の張挙は、敵将程遠志と鄧茂に挟撃され窮地に陥っていた。劉備、関羽、張飛の三部隊は潰走する敵将張曼成の妖槍兵隊を追う。

 「玄徳殿、加勢仕る」

 味方本陣に着陣したのは孫堅率いる徐州軍一万だった。小沛の東で小沛黄巾軍と熾烈な戦いを繰り広げていたが、敵軍を突破して救援に駆け付けてくれたのであった。

 孫堅の徐州軍は着陣後休む間もなく苦戦している張挙の部隊を救うべく動き出した。戦況を一瞥して即座に自らの役割を判断するあたり、孫堅は素晴らしい戦略眼を持っていると言えよう。

 「天が援軍を遣わして下さった、この戦は大義の戦いである」

 孫堅の援軍に味方の士気は大いに上がり、劉備と関羽の采配が全軍を大義の剣に叩き上げた。

 「これはいかんっ」

 敵将張曼成の妖兵部隊はこの劉備達の猛攻に耐えられず壊滅、張曼成は西へ向かって落ち延びた。この時、張曼成の副将何儀は逃げることかなわず劉焉軍に捕縛された。

 8月14日、第四軍の張挙の軽騎兵八千は陣を一旦放棄、劉備達の主力に合流を果たした後、追撃してくる敵将程遠志の妖騎兵五千を引きつけ味方本陣方面に移動を開始した。

 8月15日、敵将鄧茂の妖騎兵四千は劉備達の主カ軽槍兵二万五千に包囲されていた。軍勢が二つに分裂し劉備の各個撃破戦術にまんまと嵌まっている。

 「賊将よ、腕に覚えあるならばかかってこい」

 「てめぇ、返り討ちにしてゃんょ」

 孫堅軍の黄蓋が張挙を追ってきた敵将程遠志に一騎討ちを挑み、程遠志は即座に応戦してきた。

 「ぐはっ」

 すれ違いざまに黄蓋の鉄鞭が程遠志を強打する。黄蓋優勢で一騎討ちが始まった。

 「我が鉄鞭の威力思い知れぃぃ」

 一合目、黄蓋の必殺の一撃が程遠志を打ち据える。

 黄蓋は防御に徹し、程遠志は闘志を高めることに集中して、二合目は両者打ち合わなかった。

 「ぶっ殺す」

 三合目は程遠志の必殺技が黄蓋の首を掠める。黄蓋は集中して闘志を高めた。

 「これでしまいよ」

 四合目、黄蓋が必殺の一撃を放つと、程遠志はこれをさばききれずに鉄鞭の強打をまともにくらって気絶した。

 「賊将程遠志、捕らえたりっ」

 落馬した程遠志を部下に捕縛させると黄蓋は勝ち鬨をあげた。程遠志の妖騎兵隊は蜘蛛の子を散らすように逃げ散る有様だ。

 8月16日、敵将程遠志の部隊が壊滅したことで、黄巾軍の総兵力は七千五百程になり、劉焉軍と孫堅軍の合計四万五千と戦うには圧倒的に劣勢となっていた。敵将鄧茂の妖騎兵二千は劉備、関羽、張飛の主力に加えて孫堅軍の韓当隊を相手に既に虫の息だ。

 「くそっ、また奴等か、逃げるぞ俺はっ」

 敵将鄧茂は妖騎兵の強靭さによって善戦したが、兵力の圧倒的差に歯が立たず、部隊の壊滅と同時に逃亡した。

 黄巾軍にも援軍が到着、韓忠の妖槍兵四千五百と張燕の妖騎兵七千五百だ。張燕の部隊は特に練度が高く、副将の郝萌、孫仲という武人の存在が侮れない。

 「友よ、約束は果たしたぞ」

 合流を果たした劉備に孫堅が馬を並べた。

 「約束は陽動だったはず、我等が助けられることまで打ち合わせにはございませぬ」

 約束以上の救援に劉備は孫堅に心から感謝し、義兄弟の関羽、張飛をこの英傑に紹介した。

 8月23日、劉焉軍と孫堅軍は敵将韓忠の妖槍兵隊を包囲し、殲滅戦を開始した。窮地に陥った韓忠隊を救い出そうとする張燕の妖騎兵隊は張飛の軽槍隊が食い止めている。

 「勇者達よ、賊徒どもにこれまでの悪行を清算させるのだ」

 劉備と張飛の采配に劉焉軍と孫堅軍の将兵皆が沸き立った。

 「これは堪らぬ、撤退じゃぁぁ」

 敵将韓忠は殆ど何も打撃を与えられぬままに退場を余儀なくされた。

 8月25日、劉焉軍と孫堅軍の矛先は敵将張燕の率いる妖騎兵7千に向けられた。

 8月27日、妖しい秘術によるものなのか、異様な呪文を唱えながら、痛みを忘れ致命傷を受けても襲いかかってくる不気味な黄巾の兵士達であったが、戦闘開始から数日経ち、刀は折れ矢は尽きてまともに戦える者は誰ひとりとして残っていなかった。

 「血路を開け、この包囲突破するぞっ」

 敵将張燕と二人の副将の奮戦振りは凄まじく、劉焉軍と孫堅軍の僅かな隙間を衝いて突破してしまった。まさに飛燕のごとく誰も追いつけない。

 8月30日、劉焉軍と孫堅軍は黄巾の陣の制圧に取り掛かった。ここを陥落させれば残りは敵首領の張宝が立て籠もる本陣を残すのみである。

 「黄巾の陣はこの韓義公が抑えたぞ」

 瞬く間に孫堅軍の韓当によって黄巾の陣は制圧された。

 全軍が次に狙うは黄巾の党首張宝の首である。劉焉と孫堅は軍議を開き、将兵に一日の休息を与え、明後日に進軍を開始することを取り決めた。

登場人物

劉備 ・・・ 主人公。字は玄徳。劉軍師とも呼ばれる。幽洲涿郡涿楼桑村の出身。漢の皇帝の末裔であったが、父が早く亡くなり家は没落、筵を売って生計を立てていた。身の丈七尺五寸(約173センチ)、大きな耳をしている。武器は家宝の双剣『雌雄一対の剣』。現在は劉焉軍の軍師として孫堅軍との共同作戦を開始、済北城の解放に成功し、小沛城に向け進撃中。

劉焉 ・・・ 字は君郎。劉幽州とも呼ばれる。漢室の末裔で幽州を統べる刺史(行政長官)。文官としての才能には秀でるが軍事には疎い。その為、黄巾の乱鎮圧に優秀な武官を必要としている。性格は冷静沈着だが強欲。子に劉璋がいる。現在は本拠地を冀州の南皮に移し、私財を増やす為部下に南皮での収奪を密命した。水面下で十常侍と接触し、黄巾の乱平定後の未来を強欲に画策し始めている。

孫堅 ・・・ 字は文台。徐州刺史で孫徐州とも呼ばれる。揚州呉郡の人。孫子の末裔を自称し、十代での賊討伐を切っ掛けに頭角を表す。若くして出世し、統率力、武勇に優れ、知勇兼備の英傑である。性格は豪胆。多くの兵士を従える威風を全身から発している。戦においては獅子奮迅の働き振りで自部隊の攻撃や士気を極限まで高め、周囲の部隊に兵撃を与える戦術を使う。武器は名品古錠刀。孫策、孫権の父。劉備とは朋友の絆を結んでいる。現在は劉備との約定を守り小沛で黄巾軍と交戦中、劉焉軍と合流を果たした。

張宝 ・・・ 黄巾党の首魁張角の弟(次兄)。地公将軍を自称しており、張角亡きあとの黄巾の残党を党首として率いる。張角に伝授され、妖術を使うと噂されている。現在は小沛にて劉焉軍を迎撃中。

程遠志 ・・・ 黄巾党の頭目の一人。許晶の太守。盗賊あがりで腕が立ち、一騎打ちの名手。騎馬を使い盗みを働いていたようで、騎馬隊の扱いに長けている。頭は悪いが、戦場では敵の士気を下げる戦術を使う。性格は猪突猛進で強欲。以前、華北の河間で二度劉備達に敗れている。小沛の戦いで孫堅軍の黄蓋と一騎討ちの末に敗れ捕縛された。

張曼成 ・・・ 神上使を自称する黄巾党の頭目で宛の太守。戦場では自らの部隊の兵士を犠牲にして攻撃力と士気を高める特攻戦術を使う。性格は猪突猛進。小沛の戦いで劉備達に敗退。

何儀 ・・・ 黄巾党の武官。張曼成隊の副将。小沛の戦いで劉備達に敗退、捕縛され捕虜となる。

鄧茂 ・・・ 黄巾党の頭目の一人。程遠志と同じく盗賊あがりで腕には自信がある。騎馬を使い盗みを働いていたようで、騎馬隊の扱いに長けている。頭は悪いが、戦場では敵騎馬隊の防御を大きく下げ、士気を下げる戦術を使う。性格は猪突猛進で強欲。以前、華北の河間で二度劉備達に敗れている。小沛の戦いでまた劉備達に敗退。

張飛 ・・・ 字は翼徳。桃園の誓いを結んだ劉備の義兄弟(末弟)。幽洲涿郡の出身。猪突猛進で直情径行な暴れん坊。関羽に並ぶ程の卓越した武勇の持ち主。酒乱。身の丈八尺(約184センチ)、豹のような頭にギョロっとした目、顎には虎髭という容貌。武器は一丈八尺(約413センチ)の長矛『蛇矛(だぼう)』。現在は劉備と南進の軍中で第三軍を率いている。

関羽 ・・・ 字は雲長。桃園の誓いを結んだ劉備の義兄弟(次兄)。司隷河東郡解県の出身。なによりも義を重んじる豪傑で、極めて優れた武勇の持ち主。身の丈九尺(約207センチ)、赤ら顔で鳳眼、長く美しい髭をたくわえている。武器は重さ八十二斤(約18キロ)の大薙刀『青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)』。現在は劉備と南進の軍中で第二軍を率いている。 

簡雍 ・・・ 劉焉軍の若き文官。現在は張純隊の副将として南進する劉焉軍に従軍中。軍中の雑務一切を差配している。

張純 ・・・ 劉焉軍中山守備隊の隊長。劉備の命により黄巾討伐の軍に召集された。中山軽騎兵六千を率いる優秀な武官。現在は劉備と南進の軍中で第五軍を率いている。済北攻略戦では敵本陣への一番乗りを果たし劉備から特別な報奨を授けられた。

張挙 ・・・ 劉焉軍薊守備隊の隊長。劉備の命により黄巾討伐の軍に召集された。薊軽騎兵一万を率いる優秀な武官。現在は劉備と南進の軍中で第四軍を率いている。小沛の戦いでは陣の守備と囮部隊の役割を担った。

黄蓋 ・・・ 字は公覆。孫堅の武将。武勇自慢の豪胆な特攻隊長。孫堅軍の軍事担当の重臣。一騎討ちの凄腕であり、名品鉄鞭の使い手。小沛の戦いに従軍、黄巾軍の武将程遠志を一騎討ちで破り捕縛するという武功をあげた。

韓忠 ・・・ 黄巾党の頭目。宛城から援軍を率いて小沛の戦いに参戦するも、良いところを全くみせられず敗退。

張燕 ・・・ 黄巾党の頭目。もとは黒山賊という盗賊の頭目で、黄巾の乱に呼応して黄巾党に参入。武勇に優れ騎馬隊の扱いに長け、部隊を動かす神速ぶりは達人といえる。性格は猪突猛進で強欲。甘陵を拠点に周辺の都市で略奪行為を繰り返していた悪党。以前南皮防衛戦で劉備に敗北している。小沛に援軍にくるがまたも劉備に打ち破られ血路を開いて逃げ延びた。

郝萌 ・・・ 黄巾党の武官。張燕隊の副将として小沛の戦いに従軍するも敗退。

孫仲 ・・・ 黄巾党の武官。張燕隊の副将として小沛の戦いに従軍するも敗退。

韓当 ・・・ 字は義公。孫堅支配下の下邳太守。孫堅軍でーニを争う大刀の使い手。義理人情に厚く、逆境に強いと言われている。性格は猪突猛進。水練を得意とし水上戦は達人の域に達している。現在は小沛の戦いに従軍、黄巾軍の陣を制圧する武功をあげた。

用語説明

黄巾の残党 ・・・ 太平道の教祖である張角が主導した大規模反乱の勢力。目印に黄色の頭巾を被った。主導者の張角は既に処刑され、現在は弟の張宝が跡を引き継いでいる。残党と言われるも依然勢力は強大。

徐州 ・・・ 漢代中国の十四に分かたれた行政区分のうちの東方の州。徐州の都城は下邳、琅琊、広陵。現在は孫堅が州刺史として各都城の太守を監督している。

済北 ・・・ 兗州の都城のーつ。劉備達によって黄巾の残党から奪還された。解放後、劉備が略奪を厳に取り締まったので城内の混乱はすぐに沈静化した。現在は劉焉軍によって統治下に置かれている。

小沛 ・・・ 豫州の都城のーつ、下邳の北西に位置する都市。沛県は漢の高祖劉邦の出生地でもある。現在は黄巾の残党が占領している。劉備の攻略目標であり、ここを押さえることで徐州の孫堅軍に物資を供給することが可能となる。

鉄鞭 ・・・ 黄蓋が所有する鉄でできた長い棒状の武器。名品であり所有者の武力と一騎討ちの能力を高める効果がある。

妖兵 ・・・ 異様な呪文を唱え痛みを忘れて戦う妖しの兵士。黄巾の党首張宝が何らかの秘術を使ったと思われる。致命傷を与えても戦うことから、容易に倒せる兵士ではない。

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