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安居良基『世界でもっとも阿呆な旅』

※2010年10月掲載

 いつ、どういうきっかけで知ったのか、まるで記憶にないのだけれど、世界のどこかに「エロマンガ島」という島があることは、かなり昔から知っていた。中学生ぐらいのときには地図帳でその存在を確認して、ほかにもエロい地名はないか、みんなで探したりしたものだ。「スケベニンゲン」という地名を知ったのもその頃だったか。インターネットで検索すれば、エロマンガ島に関する情報もエロ画像も、簡単に手に入る今と違って、昔の男子中学生は「エロマンガ島」や「スケベニンゲン」という文字だけで、十分妄想の翼を広げることができたのだ。
 かつて男子中学生だった人なら、似たような経験は誰しもあるだろう。が、普通はそこで終わりである。バカ話のネタとして、ちょっと盛り上がりはしても、それ以上の展開は特にない。「エロマンガ島」だからって島じゅうにエロマンガが散乱してるわけでなく、「スケベニンゲン」にスケベなお姉さんがいっぱいいるわけではないことぐらい、アホな男子中学生でもわかっている。わざわざそこへ行ってみようなどと、普通は考えない。
 ところが世の中には、わざわざそんなところに行ってみようという奇特な人がいるのであった。いや、テレビや雑誌の企画とかなら話はわかる。そうではなくて、普通の会社員が、誰に頼まれたわけでもないのに、夏休みや年末年始などの長期休暇、貴重な有給休暇を費やして、国内外の珍地名を探訪した。その13年にわたる記録が本書である。
 著者の場合も、やはりきっかけはエロマンガ島だった。高校時代の地理の試験で、ある島の名前を答える問題がさっぱりわからず、苦し紛れに「エロマンガ島」と書いて先生に「ふざけるな!」と怒られた思い出に端を発し、自身のHPに大学時代たまたま訪れたスケベニンゲンの旅行記を掲載。ついでに〈エロマンガやキンタマーニやぼけなどの地名を掲載し、単に「こんな珍名がありますよ」と、地図もあわせて紹介してみただけでしたが、とりあえず実際に行ったから、とスケベニンゲンの脇に「制覇」と書いておいたのが運のつき。あらためてHPを自分で見ているうちに、やはりこれは実際に行かなければ、という気持ちがむらむらと湧いてきてしまったのです〉って、それで本当に行ってしまうんだから、むらむらするにもほどがある。
 だって、わざわざ行ったところで、ただ地名がマヌケというだけで、そこに何か見るべきものがあるわけじゃない。冷静に考えれば、時間とお金の無駄である。それでも行ってしまうところが素晴らしいというか、まさに「世界でもっとも阿呆な旅」だ。
 たとえば、珍地名界の聖地・エロマンガ島に行こうとして東京の旅行代理店に相談するも、「船で20時間かかるうえに、あぶないから手配できない」と断られる。そこであきらめず、直接バヌアツの旅行会社にコンタクトを取り、「バヌアツ発2泊3日のエロマンガ島ツアー」に参加してしまうバイタリティがすごい。
 オーストラリアの内陸部にあるエロマンガという町にも、ブリスベーンからレンタカーで1053キロを走破(!)して到達。その結果、〈オーストラリア滞在期間5日間のうち実質、5日間が移動ということになりました〉って、何かの罰ゲームか!? そうまでして訪れたエロマンガは砂漠の真ん中で特に見どころもなし。にもかかわらず「EROMANGA」と書かれた看板の前でゴキゲンで写真に納まっている著者の数寄者ぶりは天晴れと言うほかない。
 そんな調子で「アホ」「キンタマーニ」「ハゲ」「チンポー湖」「ヤキマンコ」「パンティ」「ナンパ」「マルデアホ」「チンボテ」ほか海外21カ所と、「ヤリキレナイ川」「馬鹿川」「鼻毛橋」「乳房橋」「女体入口」「金玉落しの谷」「巨根橋」「漫湖」など国内75カ所(+「のぞき」シリーズ5カ所)を探訪。無意味なことに真剣に取り組む可笑しさと、何の感動も誘わない素人丸出しの写真、基本的に真面目でありながら素朴なユーモアを秘めた筆致とが相まって、ほとんど不条理ギャグのような領域に達している。
 変に格調高い感じの装丁や冒頭のもったいぶった構成、不ぞろいな文字組みなど、編集面で個人的に納得いかないところはあるが、著者の突き抜けっぷりには素直に敬服。海外編では、日本人の旅行者なんてまず来ない土地の人々との思わぬ交流も描かれるが、それも決して感動的なものではなく、どこか間が抜けている。しかし、その身もフタもない低レベルな国際交流が、やけに楽しそうでうらやましい。半笑いで読んでるうちに、いろんな細かいことがどうでもいいような気になってくるのである。
 ちなみに、エロマンガ島は〈村の人たちも純朴で、自然もきれいで、いい印象ばかりでした。あと1カ月くらいいてもいいと思えるほどでした〉とのこと。で、〈皆さん、仕事で煮詰まったり、うつ病になるぐらいだったら、エロマンガ島へ行きましょう!!〉って言うんだけど、そこまで行く元気があれば、そもそもウツにならんわなあ……。真似しようとしても真似できない、というか真似したくもない、珠玉の天才バカ本であった。

幻冬舎/2009年11月10日初版



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