ビー_クワ

ビー・クワ

 皆さん、夏休みの予定はもう決まりましたか? 職種によっては、お盆だからお休み、というわけにはいかないと思うけど、きっとそれぞれの夏休みを過ごされることでしょう。
 しかし、今回紹介する専門誌の読者の夏休みは、最初から決まってる。「クワガタ・カブト採集」、コレしかない。
 その専門誌とは、『ビー・クワ』「クワガタムシ・カブトムシの最新情報誌」である。発行は、その名も「むし社」。昆虫マニアの間では有名な『月刊むし』を発行している会社であり、『ビー・クワ』はその増刊ということになっている。『月刊むし』も相当にマニアックだが、『ビー・クワ』は、クワガタとカブトムシ限定だから、さらにマニアック。なにしろ誌名を日本語に訳せば、「クワ(ガタ)になれ!」だ。もう身も心もクワガタでいっぱいって感じである。

 2003年夏号のトップ記事は「オオヒラタ大特集!!」。「オオヒラタ」とは、もちろんクワガタの種類名。「その名のとおり、いかにも重心が低そうな体つきで、重厚な迫力は見る者を魅了してしまう」「巨大ヒラタの前には、とにかく頭を下げるしかないのだ」というからすごい。
 扉ページには、その巨大ヒラタのドアップ写真がどーん。「ここまでやるか!?」のアオリ文句にふさわしく、28ページにわたって、日本や中国・台湾・朝鮮半島から、インドシナ半島、マレー半島、インドネシア、フィリピン、インドまで、アジア全域で採集したヒラタクワガタの原寸大写真がズラリと掲載されている。素人目にはほとんど区別がつかないが、「内歯がやや下につくタイプ」「内歯がほぼ中央」「大アゴの長いタイプ」「日本亜種のルーツのようなタイプ」「台湾亜種に似たタイプ」などと細かい違いがいちいち解説されている。この違いがクワガタ好きには大事なのだろう。
 また、ヒラタクワガタに関するビッグニュースも報じられている。「2003年の1月早々、インドネシアから『巨大なヒラタが採集された!』というニュースが飛び込んできた。もしかすると、ギネスを超えるかもしれない超大物」。そのスマトラヒラタの体長は、102.5㎜。従来の記録は102㎜であり、「この個体は新ギネスになるだろう」ということで、どうやら世界記録更新らしい。

 さらにヒラタ特集は続く。「フィリピン・ルソン島採集記 100㎜オーバーを求めて!」「パラワン島の熱帯雨林に棲む世界最大のヒラタクワガタ」「初歩からのオオヒラタ飼育」「ちょこっとオオヒラタを見直そう」……。クワガタの中の一種類だけでこれほどの特集が組めるとは、なんと奥の深い世界であろうか。
「フィリピン・ルソン島採集記」の筆者は、巨大ヒラタのいるカタドゥアネス島をめざし、現地の友人にガイド役を頼むのだが、「NPA(反政府ゲリラ)が多くて危険なので、行きたくない」と断わられる。にもかかわらず、「しかし、むりやり説得して同行してもらうことにした」って、クワガタのためなら命の危険も顧みないその情熱は、ある意味、尊敬に値する(友人はいい迷惑だが)。

 第二特集は、「夏 親子で行くクワガタ・カブト採集」。採集方法だけでなく、「採れて遊べて家族サービス」と題して、観光スポットをからめた採集ポイントを案内したり、「クワガタ採集が楽しめる宿」を紹介しているのがミソだ。
 せっかくの夏休み、クワガタ採りに行きたいのはやまやまだが、家族サービスもせにゃならぬ。そんなクワガタ好きなお父さんのニーズに応えたナイスな記事と言えるだろう。
 それが証拠に、「ビークワ誌上調査!」のコーナーの「あなたの虫ライフのさまたげになるもの」ランキングでは、「家族(特に奥様)」という回答が6位にランクインしている。ちなみに、1位は「費用」2位は「飼育スペース」。このへんは素人でも想像がつくが、3位「コバエ」4位「ダニ」というのはオソロシイ。そりゃ、奥さんも反対するっつーの!

 が、世の中、虫嫌いの女性ばかりではない。「飼育を始めて3年目」という女性のエッセイ「祥子様のお部屋」なんてコーナーもあり、虫を飼うようになったきっかけ、飼育にまつわるエピソードなどを綴っている。ミリ単位の大きさにこだわる男性諸氏を不思議に思い「何かコンプレックスでもあるんですか?」と笑う祥子様、現在は「20畳の飼育部屋では国産カブトムシ120種を筆頭に、国産ミヤマ・オオクワ・トカラノコギリ、それにアンタエウス他を飼育中」とか。……「20畳の飼育部屋」って、ウチのLDKより広いじゃん! さっきの調査結果にもあったけど、「虫ライフ」には、やっぱりお金がかかるんだなあ。
 もちろん広告は、虫屋さんばっかり。「生虫続々入荷中!」「最南端のアンタエウスを求めて…」「大きく、良形になってあたりまえ」「ただ太いだけでは満足できない! 岡山産超極太系DDAオオクワ」「究極の遺伝子」「内歯先端の切れ味は本物の証し、まさに銘刃」「福島県の純血を、採集者からみなさまへ」「本物は多くを語らない!」といったキャッチコピーも勇ましい。どの広告にも値段が見当たらないのは、ナマモノだけに「時価」ってことなのか。

 虫嫌いの人が見ても不気味なだけのこの雑誌。けれども、どの記事も見事なまでに熱い。業界誌というより趣味の雑誌だから当然といえば当然だが、「蓼食う虫も好き好き」とは、よく言ったもの。世間にはさまざまな価値観があるということを、実感させてくれる一冊である。

(※2002年から2004年にかけて『トップジャーナル』という警察官向けの雑誌に連載した原稿です。情報は掲載当時のままで、取り上げた業界紙誌が現在もあるかどうかは未確認です)

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