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内海慶一『100均フリーダム』

※2010年7月掲載

 たまたま本屋をうろついてたら、目が合ってしまったのだ、この本と。正確に言えば、この本のカバー写真に使われているヘンなパンダと目が合った。
 な、何だ、このパンダ……!? 質感からしてぬいぐるみではなく、いわゆるフィギュアの類のようだが、何かがおかしい。普通ならティアドロップ型のサングラスみたいな目の周りの模様が、『天才バカボン』に出てくる目ん玉つながりのお巡りさんみたくなっている。その中に人間っぽい目がくっきり描かれ、クールな視線を飛ばしてくる。しかも白目の部分がなぜか黄緑色。さらに、よく見ると爪の部分が青く塗られているではないか。
 これって、いったい何なんだ? そう思ってページを開いてみたら、実はコレ、100円均一ショップ、いわゆる「100均」で売られている商品だった。
 道理でいい加減な作りなわけだ……と、普通は思う。やっぱ100均で売ってるようなものってダメだよね、で話が終わってしまうところである。
 ところが、本書の著者の見方は違う。このパンダについて、こう言うのだ。
〈人間には、パンダの目を黄緑色に塗る自由がある。パンダの爪を青くする自由がある。しかしその自由を、我々は常識という箱の中に閉じ込めてきたのではないだろうか〉
 そして、そんな商品を売っている100均についても、こう述べる。
〈100均は常識からの逸脱を恐れない。クリエイティブに自己規制を設けない。想像力の彼方へ飛び立つ勇気を、この作品は与えてくれる。好きな色を、好きなところに、好きなように塗ろう。誰もそれを責めたりはしない。それどころか、100円で販売することだってできるのだ〉
 ……いやいや、それってムリヤリほめようとしてないか? と思いつつも、なるほど言われてみれば、何だか味わい深い商品のようにも見えてくるから不思議。本書は、そんな100均グッズをムダにきれいに撮った写真に、含蓄とウイットに富んだ解説をつけた写真集だ。
 とにかく出てくる商品、出てくる商品、すべてがひどい。表紙のパンダなんてマシなほうで、素人の手芸品としても失敗作みたいな壁飾りや、ぴったりハマらないペア・キーホルダー、何の動物だかわからない置物、ゴミにしか見えない木くずで作られたクマらしき人形、円形のプラ板にストラップをつけただけのキーホルダーなど、どうしようもないダメグッズのオンパレード。あまりのダメさに失笑すると同時に、よくこんなものを堂々と商品として売ってるな、と逆に感心するほどだ。
 が、その「よくこんなものを堂々と」という部分こそ、著者言うところの「100均フリーダム」なのである。たとえば、何だかわからない置物に〈どのように受け取られても構わないという、いい意味で投げやりな創作姿勢〉を見出し、どう見ても失敗作の人形に〈アリかナシかのジャッジにおいて、ほとんどのものがアリに含まれる〉100均世界の〈愛の深さ〉を感じる。驚くほど雑な作りの商品にも〈小さなことにこだわらない生き方〉を学び、〈1センチや2センチにこだわる神経質な自分を恥じたい〉と自省する。
 この強引なまでのポジティブ・シンキングな視点が、バカバカしくも気持ちいい。ちょっと見方を変えるだけで、クズ商品がお宝に変わる。この100均フリーダムな思想を会得すれば、人生はもっと楽しくなるに違いない。いや、そんな理屈は抜きにして、とにかく写真を見て笑い、解説を読んで笑えば、それでいいのだ!
 にしても、よくこんなしょーもない商品を集めたものだ。と一瞬感心したが、考えてみればどれも100円なのである。本書には75種類ほどの商品が紹介されているが、全部買っても7500円。それでこれだけ楽しめれば、安いものかも。しかも、本書はそれらをまとめて1000円(+税)で堪能できるのだ(それもオールカラーで!)。
 ありえない商品を平然と販売する100均もどうかしてるが、この本の企画を通した出版社もどうかしてる。世の中まだまだ捨てたもんじゃないのであった。

BNN/2010年6月22日初版


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