愛石の友

愛石の友

 主婦の雑誌は『主婦の友』、音楽愛好家の雑誌は『音楽の友』、愛犬家の雑誌は『愛犬の友』……とくれば、愛石家の雑誌は当然、『愛石の友』である。いきなり「愛石家」と言われてもピンとこないかもしれないが、読んで字の如く「石を愛でる」趣味を持つ人のことだ。つげ義春原作、竹中直人監督・主演の映画『無能の人』にも登場したので、ご記憶の方もおられるだろう。
 創刊は昭和58年。当代随一の愛石情報誌として、愛石家の間で不動の地位を築いている。というか、その地位を脅かす存在もないわけだが。
 巻頭カラーには、名品とされる石の写真がズラリと並ぶ。「五重の塔」と銘打たれた石は確かに五重の塔のように見えるし、「美石」というコーナーに掲載された色鮮やかなサンゴ石や孔雀石は確かに美しい。「百済観音像」と名づけられた石は、なるほど観音像に見えなくもない。でも、石はしょせん石だもんなあ。河原かどっかで適当に拾ってくるだけでしょ?
 ……などと考えるのは素人の浅はかさ。この雑誌を読めば、愛石の世界がいかに奥深いものであるか、ひしひしと伝わってくるのである。

 たとえば、「探石のこころ」と題された投稿文。
「どこの川であったか、泊り探石の帰りの時刻も迫り、揚げた石もなく、いささか疲労困ぱい気味で、『ああ、今回も収穫なし。労すれど功なしか。なんとか一つでも揚げねば』と最後の踏ん張りで、せわしくバールを使い、手当たり次第石をひっくり返していた」って、ずいぶん手荒なことをするものだが、どうやら、わざわざ泊りがけで石を探しに出かけて、一つも「これは!」という石に出会えないことも珍しくないらしい。が、そこで出会った老人の言葉から、投稿人は自分の焦った心を反省するのだった。
「現在、石を趣味とする人達も増え、河原には、銘石なるものは殆ど拾い尽くされ、見所のあるものを手にするのもかなり根気と時間を要する。このような環境の変化が探石人の余裕をなくしてしまっているのではなかろうか。特に団体の探石行ともなれば、他人より先に良石を手に入れたいとの心理が働き、我先に河原を飛ぶようになってしまうのではなかろうか」
 いくら銘石が稀少なものだとしても、全国の河原から拾い尽くしてしまうとは、愛石家恐るべし。いったい日本の愛石人口はどれほどなのか。
 さらに、「友石夜話」という連載では御殿場愛石会会長が次のように述べる。
「愛石活動にはオフシーズンという区切りがない。大晦日であろうと元日であろうと、有名河川では探石者の頼もしい姿が見られるという」
 ……いやはや皆さん、天晴れな熱中ぶりである。一見わびさびの極致のような愛石の世界が、これほどアグレッシブなものだったとは。

 そんな愛石の世界に、最近ひとつの重大な問題が発生しているという。連載記事「論壇 心象石論」にいわく「最近石の趣味の世界に、新しい動きが起きていることはご承知のことと存じます。それは、石の観賞に流派を持ち込む動きであります。今までにも流派を標榜したものは幾つかありましたが(中略)この度のものは、日本全国の名を冠した会が主体となって、全国の愛石家に呼び掛けて、流の免許を発給しようとするものでありますから、石の趣味界にとっては一大異変と見られるものであります」
 もちろん我々門外漢は、そんな動きが起きていることなど知る由もないが、それが一大事であることは理解できる。お茶やお花に流派や家元があるんだから、石にもそういうものがあってもいい、と考える人が出てくるのは不思議じゃない。むしろそういう制度があったほうが社会的にも箔がつく。が、そこには当然、権威主義や利権争いが生まれてくるわけで……。
 まあ、規模の大小を問わず、人間が“社会”を形成すると、必ずそういう問題が出てくるのだが、はたして愛石界は今後どうなるのか。他人事ながら気にかかる。

 ともあれ、愛石の世界のディープさは、十分おわかりいただけたことと思う。前述のコーナー以外にも「探石こぼれ話」「石国記」「妻と二人三脚探石行」「石展展望」「石は友達」「石馬鹿日誌」など、隅から隅まで石づくし。見ているうちに、なんだか石に興味が湧いてくるから侮れない。
 驚いたのは、「催しもの案内」のページ。「愛石クラブ石展」「山口県愛石連合会第39回銘石展」「浜松水石会第22回石展」「いわき遊石会第40回水石展」「御殿場愛石会観賞石展」といったイベントが4ページにわたって延々掲載されているのである。数えてみたら、なんと59件もあった。ちなみに、今年3月末現在で、全国に448の愛石団体が確認されているという。
 今度、河原にキャンプにでも出かけたら、あたりをちょっと見回してみるといい。そこにはきっと銘石を求める愛石家の姿があるに違いない。

(※2002年から2004年にかけて『トップジャーナル』という警察官向けの雑誌に連載した原稿です。情報は掲載当時のままで、取り上げた業界紙誌が現在もあるかどうかは未確認です)

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