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『ルックバック』

なにがきっかけだったか全然思い出せないのだけど、ふとした流れで藤本タツキさんの『ルックバック』を読んだ。半年ほど前のこと。
そういえば電子書籍で漫画を買うのはこれが初めてで、なかなか新鮮な体験だった。というか、そもそも漫画を買うのが十年ぶりくらいかも。

ものすごく端的に言えば、この『ルックバック』という作品には、自分のことを天才と思っていた秀才と、自分のことを秀才と思っていた天才の、「出会い」と「別れ」と「出会わない」と「別れない」が描かれている。
お互いがお互いを強く必要としていて、だからこそ心の掛け違いが生まれると丁寧にほどくのが難しい。一度ちゃんと失わないと、そのかけがえのなさに気づけない。
「本当に心に穴が空いたときには、たしかに人はこんな風に涙を流し、崩れ落ちてしまうのだったな」と、いつか自分が体験した記憶を呼び起こすみたいに、逃れようのない迫力で世界が描かれる。

僕が特に感情を揺さぶられた幾つかの場面は、台詞が用意されておらず、表情、構図、光、動き、そういった絵の力ですべてを伝えきる執念みたいなものが感じられて、なかなか次の頁に読み進むことが出来なかった。
作品全体を通してとにかく強く印象に残ったのは、背中。ルックバック。
様々な場面で、主人公の背中を通して時間の流れや思いが自然に表現されていて、その巧みさにただただ唸ってしまった。

この半年の間に紙媒体でも買い足し、何度も読み返してそのたびに思う。
たとえあなたや僕が、これから先の人生でどれだけのものを失ったとしても、どれほど深い暗闇に覆われて、信じていたものがすべて灰になり両手からこぼれ落ちてしまったとしても、想像力さえ失わなければ僕たちはきっと戦い続けることができる。あの時間の静止した部屋で、涙の尽きた藤野がしずかに立ち上がったように。

そしてもし一人で立ち上がることが心細いのであれば、僕たちはただ耳を澄ませればいいのだ。たちまちのうちに、呆れるほど脳天気な声があなたの背中から響き渡るだろうから。「シャーク様の出番だぜ!」と。


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