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言い訳してみろ

大人は決まって「言い訳するな!」と、結果だけを評価する生き物だと思っていた。

中学のある夏の出来事です。
地方の中学は規模が小さく、部活も少なく、陸上部は単体ではなく夏に秋の大会に向けて臨時で他の部活からの寄せ集めで作られていた。少ない人数なので、全員が兼部必須だったかもしれない。暑い夏休みの部活は、みんなやりたくなくて、どこからスタートした話なのか今でもわからないが、「さぼろう」という日があった。連判状のように誰からスタートしたかわからないけど、「今日は陸上練習休み」という情報を聞いたと口裏を合わせることになった。先生が来ないと思っていたのか、浅はかな考えだ。先生が行ったら誰もいないのだから、すぐに問題になって部員が集められた。うちには誰かが自転車に乗って呼びに来た。誰かは思い出せない。
(やばい。)
やばいという言葉を使っていたかはわからない昔だが、そう思いながらあわてて学校に行った。すでに何人かは横一列に並ばされていて、そこに加わる形となった。先生は今でいう激おこだ。
先生「どうしてこうなった?」大声だ。
誰か「休みだって聞いて。。。」小さい声が聞こえてきた。
先生「誰が言った?」引き続き声が大きい。
みんな黙ってしまった。
先生「言い訳してみろ!」と端から聞いて回った。
私(え⁉️言い訳するな!は聞いたことがあるけど、言い訳してみろって聞いたことがない。大人なのに言い訳を聞いてくれるの?)
と思ったがすぐに、(あ!辻褄が合うわけがない。だって嘘だもん。)
きっと先生は嘘だとわかっていて言った言葉だと思うが、理不尽に「言い訳するな!」と言われることしかなかった私は、それよりよっぽどいいと思った。本当にどうしようもない理由があっての結果ってある。例えば、遅刻ひとつとったって、その理由によっての良し悪しがあると思う。大人になるとそれを含めたリスクマネジメントだと言われることもあるが、電車の遅延や人助けなど、しかたないよね。となることだってある。理由も聞かず怒鳴られるなんてことはないのだ。

中学の夏休みに戻るが、端から聞いて回っても正当な言い訳は出てこない。
鉄拳制裁※ありの時代の話なので、小さな辻褄の合わない言い訳とピシャリという平手打ちがセットで近づいてくる。ドッキンドッキン心臓の音が大きくなる。私の番がきた。
先生「言い訳してみろ」
私「誰かが休みだって。。。」
先生「誰だ?」
私「・・・」
ピシャリとやられた。
その痛さは覚えていなくて、夏の強い光と暑さ、蝉の声と、
なにより「言い訳してみろ!」が今でも残っている。

※当時、鉄拳制裁は家でも学校でもありましたが、正当化するつもりはなく、今は全く必要のないことだと思っています。

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