見出し画像

「当事者研究」が生まれた理由を聴いてきた

LITALICOさんであった講演のメモです。
(うまく整理できなかったので、主に歴史の部分だけに留めています)

LITALICOさんが立ち上げた「LITALICO研究所OPEN LAB」の講演第一回。

LITALICO研究所OPEN LABとは
さまざまな分野で活躍する当事者・専門家・起業家の方々を講師としてお招きし、社会的マイノリティ領域の課題や解決策、未来のビジョンを受講者の皆さんと共に考える学びの場です。

「当事者研究」が生まれた背景、その流れについての解説、そして「当事者研究」のその先の話でした。

私は、個人の「生きづらさ」の解消には、興味があります。「生きづらさ」が勝手に解消されていくわけではありませんよね。どうにもならないと感じることが当事者側からの動きで、状況がよくなるという「当事者研究」にもいくぶんかの興味を持ちました。ここでは、「当事者研究」が生まれた背景について、一つの考え方についてまとめます。

当日のイベントの様子はこちら(#litalico_openlab - Togetter)。

当事者研究について、もっと知りたい方はこちら。

当事者研究とは

「当事者研究」は、主に精神障害を持つ当事者が自らの症状や生活上の出来事を研究・考察することを指します。当事者が自分のことを知ることで、結果として、周りが対処しないといけないことが減るようですが、状況の改善それ自体を目的とはしていないようです。
(合ってる?)

説明はここらへんを参照ください。

講演で出た当事者同士の一つの場面(シンプルな例)を紹介します。

妄想という症状を持つ、当事者同士の3人が集まる。
一人は「FBIに追われている」といい、
もう一人は「UFOに追われている」といい、
もう一人は「暗殺集団に追われている」という。
このとき、最初の一人は、他の2人の話を聴いて「UFOとか暗殺集団はないやろう」と考える。そうすると、同じ文脈の中、「あれ? FBIに追われてるって、もしかして妄想?」と気づくことがある。

当事者が妄想を妄想として対処することの可能性が広がる。妄想といっても、当事者にとっての現実です。それが妄想として処理できるかもしれないというだけで、ちょっとすごい。ただ、何でもうまくいくわけでなく、上記のような効果は、あくまで共通の文脈があって、のこと。

妄想は変えられないと信じられていましたが、実は、それこそ精神科医の妄想だったのかもしれないということでした。1対1で、治療する側される側に分かれるという場面設定がまずかっただけかもしれません。ただ専門家の意見を否定するものではなく、自分の信念を疑ってかかるという姿勢の話でもありました。

当事者研究が生まれた背景

以下、引き続き、講演の内容です。

「当事者研究」に至るには、歴史的に2つの流れがありました。
「当事者運動」と「依存症の自助グループ」です。

「当事者運動」は、社会的な運動です。
今の社会に対しての不満、要望をぶつけ、社会を変えることを目的にしています。社会を動かすには、そういった声を一つにまとめる必要があります。

一方「自助グループ」は、依存症になった人の当事者の集まりで、歴史的には、アメリカ誕生のころからあります。こちらは、強い宣言(例えば、一滴も酒を飲まない!)ということをすると、逆にとらわれる。それぞれの声を大事にしつつ、コントロールを手放すことをします。

また、「自助グループ」が声を一つにまとめられない理由として、背景に暴力など、個々人の事情で、周りに頼れない経緯を持つ人が集まっていることが理由に挙げられます。
「わかる~」と同調されても「お前に何がわかる!」となるし、
批判されたら「ほらやっぱり、頼ると嫌な思いをする」となる。
結果、意見をまとめることを断念するところから「自助グループ」は、その歴史をスタートさせています。

それぞれに成り立っていながら、なぜ、「当事者運動」「自助グループ」以外の動きが出てきたのか? それには、それぞれのグループから漏れる人たちがいたということです。

「当事者運動」の中心は、脳性麻痺など、目に見える障害を持った人が中心にいました。しかし、慢性疼痛、精神障害、発達障害は、周りから見て、それが障害とわかりにくい人たちもいます。怠けてるだけなんじゃないのか? と言われますし、他人から見えにくいものは、自分でも見えにくい。当事者も「おれは怠けてるだけなのか?」となってしまう。

「自助グループ」のほうにも、グループの中心から外れた人たちがいました。それは、貧困や差別にあった人たちです。もともと「自助グループ」の中心は、その依存症さえなければ、社会的に問題とされない人たちでした(裕福な白人層など)。そういう人たちは、グループ外には、物言わぬ存在でした。しかし、依存症に加え、貧困や差別にあい、その他の障害を抱えた人たちは、グループ外への発信をしないと生きていけない。

それぞれ、グループの周淵にいた人たちが救われる道としての「当事者研究」が生まれたという話でした。

その他のキーワード


「制度化」の問題もありましたが、ここでは詳細は書きません。
最初、持ち出し、ボランティアでやってきたことが、助成金をもらい、制度化することで、好きにやれなくなってくる。行政はお金を出せば、口も出してきます。今までは制度の穴をついてでも生き延びてきたことが、今度は法律や制度の遵守を求められるようになってきます。そういったお話です。結論としては、100%言いなりになるのではなく、行政にも教育していく、という結論でした。

自助グループの運営のバイブルとして、以下の本が紹介されていましたので、ご参考まで。

まとめとして

「当事者研究」は、新しい治療法ではないということです。
現実を知ること(Discovery)が目標で、副産物としてRecoveryできるということです。

LITALICO研究所OPEN LABは、2020年3月まで、いろんな講演が続きます。個々の「当事者研究」の結果、周りとの衝突で発生する「生きづらさ」が減ずるように、この場で知ることも「生きづらさ」の解消につながるものであるように思います。さて、、どれに参加するかな、できるかな。


この記事が参加している募集

イベントレポ

いい歌を詠むため、歌の肥やしにいたします。 「スキ」「フォロー」「サポート」時のお礼メッセージでも一部、歌を詠んでいます。