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レコ芸ロスのつれづれに④ムックを読んでの雑感、他

懐かしや、『レコード芸術』

 月刊誌『レコード芸術』が休刊となって8ヶ月余り。レコ芸loverのみなさまは如何お過ごしでしょうか。
 ムック『レコード芸術2023年総集編』(音楽之友社)が発売になりました。レコ芸らしい表紙のデザインや、目次に並ぶ執筆者の名前に、懐かしさがこみ上げてきました。休刊から1年も経っていないのに、もうずいぶん長い時が過ぎてしまった気がします。
 クラシックCDの新譜は自分なりにチェックしていたつもりでしたが、ムックを読んだらずいぶん見落としていたことがわかりました。また、日頃SNS等ではあまり見ることのない書き手の文章も、久々に読みました。
 月刊誌では無理でも、こうした形で1年に1度くらいは、ディスクを振り返ったりクラシック界の潮流を俯瞰したりできると良いと思います。

宇野功芳が入り口だった

 もうひとつ、ムックで懐かしかったのは、宇野功芳の月評を振り返る記事です(といっても読者歴がそれほど長くない私が読んだことがあるのは最後のひとつだけでしたが)。あの語り口や文体には独特の魅力がありました。

 私がクラシック音楽に興味を持つようになったきっかけはいくつかあるのですが、そのひとつが宇野功芳の評論です。
 他の用事で来た本屋でたまたま目に入ったのが、文春新書の『クラシックCDの名盤』でした。3人の著者による共著です。ひとつの作品につきそれぞれがおすすめのCDを挙げています。パラパラめくってみたら結構面白いので買って帰りました。

 著者の中でも私が特に影響を受けたのが宇野功芳でした。宇野功芳の文章には、「この音楽を聴いてみたい」と思わせる圧倒的な力がありました。それらを読まなければ、私が早くからブルックナーやショスタコーヴィチにハマることはなかったかもしれません。「とてもこの世のものとは思えない彼岸の音楽」とか、「ハラワタが裂けて体外に飛び出す」なんて書いてあったら、そりゃあどんな音楽か聴きたくなります。

 クラシックを聴き始めて1年くらい経って、古楽にも興味が出てきました。でも、この分野の入門書や参考書がなかなか見つかりません。何か情報はないかと思っていたところ、新聞でレコ芸の広告を見ました。古楽特集の号です。
 図書館に行って見てみると、宇野功芳の評論なんかも載っています。へえ、こんな雑誌があったのかと思いました。これが私のレコ芸との出会いです。

 レコ芸でいろいろな人のレビューを読んだり、多くのCDを聴いてゆく中で、自分の好みは宇野功芳とはだいぶ違う、ということがわかってきました。
 それでも、宇野功芳の月評やコラムは好きで、毎月心待ちにしていました。共感できるかどうかは別として、とにかく読んでいて楽しかったのです。 

 ちなみにムックでは、クルレンツィスが指揮したショスタコーヴィチ:交響曲第14番《死者の歌》のCD評も紹介されています。この指揮者がまだ無名だった頃の月評です。こんなに早くからクルレンツィスの録音を評価していたなんて、宇野功芳の慧眼には改めて感服しました。

レコ芸ロスを埋めてくれている「今日の1枚」

 レコ芸休刊後、CDのレビューを読む機会が減るにつれて、自分が聴く音楽の幅が広がらない感じがしていました。
 そんな中、レコ芸執筆者のひとりだった相場ひろ氏がnoteでディスク紹介をしていることを知りました。「今日の1枚」というタイトルで、おおむね週にいちどのペースで更新されています。

 相場氏の書くものなら、とフォローすることにしました。
 その理由は二つあります。
 一つ目は、相場氏の守備範囲がけっこう広そうなこと。私は中世・ルネサンス音楽から現代作品まで広く浅く知りたいので、レビューが特定の分野に偏らないのが嬉しいです。
 二つ目は、自分が聴いたことがある音楽に関する限り、相場氏とは好みがわりと近そうだ、ということ。
 レコ芸では数年ごとに「名曲名盤◯◯◯選」なる企画がありました。執筆者の投票により、作品別に人気のCDがランキング形式で発表になります。誰がどのディスクに票を投じたのかも公表され、それを見ると、その人の得意分野や好みがある程度わかりました。
 とりわけ私は、相場氏がハイティンクを高く評価していることに着目しました(ハイティンクはかつて宇野功芳がしばしば貶してきた指揮者です)。私は初心者の頃に(今でもまだ初心者ですけれど)、よくわからなかった曲がハイティンクの指揮だとすっと耳に入ってきた、という経験か何度もありました。ベートーヴェンやシューマン、マーラーなど多くの交響曲に馴染むことができたのはハイティンクのおかげなのです。宇野功芳は評価していないけれど、案外いい指揮者なのではないかと内心思っていました。だから、ハイティンクをほめる人もいるとわかって心強かったです。

 相場氏の「今日の1枚」で取り上げられる新譜はバラエティに富んでいます。時代や曲種はさまざま。名曲もあれば珍しい作品も。演奏者もスターから無名の人まで。レビューでは作品の概要の他、先行盤にはどういうものがあったかや、相場氏がそのディスクで良いと感じたポイントなどについて書かれています。それを読むと「ぜひ聴いてみなくては」という気になります。まずはサブスクで聴き、特に気に入ったものは何点かCDも買いました。例えばバルトークのヴィオラ協奏曲(独奏はアミハイ・グロス)の深い味わいや、濱田あやの《ゴルトベルク変奏曲》の気品ある演奏などは、「今日の1枚」を読まなければたぶん知らずに終わっていたと思います。
 また、同曲の別の演奏と比較してみるとか、同じ奏者の別のアルバムを聴いてみるといった方向にも興味が広がります。

 レコ芸のオンライン版がどういうものになるのか、今のところよくわかりませんが、「今日の1枚」のようなレビューも読めるといいなあと思っています。

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